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「はい?私のこと呼びましたか?」
そしたらいきなりヒマワリさんが驚いた顔で俺を凝視した。
「へ、もう九時だなってただそれだけで……」
「何故あなたが私の名前を御存じなのかと」
な・ま・え。ってそれって……っ!
「あーーーーーっ!名前っ!もしかして貴方『九時さん』っていうんですかあ!」
「あ……、」
うっわー、すっげ!名前ゲット!なんかきっかけあれば思い出すもんだなぁ。おー、すげええ。この調子でサクサク思い出そうじゃね?
「時間の『九時』さんかぁ。そーいえば俺の昔の生徒で『ととき』って名字のヤツいましたよ。時間の『十時』って書いて『ととき』って読むんです。九時さんと十時君が並ぶと面白いかもですねえ」
アイツ卒業してから会ってねえなぁ。まあ塾の生徒なんてそーゆーもんだけど。たまに卒業生とか遊びに来るけど、塾っていうのは基本的に受験に合格したらサヨーナラー。でもそれでいいんだ。俺の授業とかで一生懸命勉強したのだけ忘れないで、それぞれの道に進んでもらえれば。なんてちょっとセンセイっぽいことを考える。
「いえ。時間の『九時』ではなくて、『久しい』に『慈愛』の『慈』で『久慈』で……」
「あ、そっちの漢字ですか」
「はい、久慈です、久慈……」
久慈さんはすごい集中して思い出そうとしているみたいだった。
俺はその集中を邪魔しないように黙って待った。
「おもい、だしました……。私の、名前は……久慈……とも、き、です」
へえ、久慈トモキさんっていうのかこの人。トモキってどういう漢字書くんだろうなあ、教えてもらおうって思ったその時だった。
久慈さんの姿がいきなりゆらりって歪んだ。
「く、久慈さん……?」
なんだこれ。ゆらゆらと、歪んでる。
「思い出しました。そうだ私は……あの時、車に、」
「え、あ、ああああちょっと……っ!」
歪んだ久慈さんのその姿がだんだんと薄くなる。薄くなってまるで霧みたいに拡散していく。久慈さんは俺に向かって何か言っていたみたいだけど、その声も聞こえない。もうその姿も見えはしない。
「久慈さんっ!?」
消えた。
消えてしまった。
部屋にはテレビからのニュースが流れているだけで。テーブルの上には俺が食い終わったチャーハンの皿と、久慈さんの分の手つかずのチャーハンが残されていて。
それで、それっきり。
いきなり消えて、いつまで経っても姿を現さなかった。
……なんなんだよ。突然現れて突然消えて。
名前はわかったけど正体不明で。しかも右腕のリボンの意味もわかんねえ。
そのリボンも久慈さんと一緒に消えていた。だけど、その名残みたいに俺の右手首にはうっすらと時計の痕みたいな赤い痣が残ってた。
なんだよこれ。
わかんねえなんだよこれっ!
ファンタジーは苦手なんだ。不条理は嫌いなんだ。塾の授業で教える時だって説明文のほうが好きなんだ。序論本論結論がしっかりしてるヤツ。そーだよ結論は何だ結論はっ!
何もわからないままエンドマーク?ふざけんなっ!
このまま一生結論出ないまま完結!とかなんて冗談じゃない。
そんなことになるなら一生久慈さんに憑りつかれてたほうがマシっ!わけわからんよりはずっとマシっ!!
……なんて怒鳴ってみてもどうしようもない。とにかくタバコを吸って気を静める。
だけど吸っても吸っても吸っても吸っても何一つ変化なし。
朝までずううううううっと、また久慈さんが現れたりしないかななんて思ってみたりしたけど姿なんか見えはしない。気配もしない。
ホントに消えて、それでお終いらしかった。
朝になって、昼になって。
昨日と同じ時間に昨日と同じヒマワリある場所に行ってみたけど当然ふわふわ浮いてる男はいない。
その次の日も次の日も行ってはみたけど全然いない。
夏期講習後半戦始まって、忙しくてヒマワリどころじゃなくなっても俺の心の中はもやもやしたままで。そんで休みに日ごとにヒマワリの河原に行ったけどやっぱり何にも変化なし。
夏も終わりになって秋になって、そうしてヒマワリだけが、枯れていった。
なんかムカツクからヒマワリに蹴りいれたらバッキリと折れてしまった。あー、ご、ごめんよヒマワリ。せめてモノってカンジで、倒れたヒマワリから種を取りだして、それをそのへんにばらばら撒いた。
……何やってんだろうなあ俺ってば。

続く





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