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「まあでもご安心ください。私が貴方を襲うってことはありませんから」
むむ。そう断言されると俺には襲いかかられるほどの魅力がないってことではと何だが不満を覚えてしまう。えーと、俺の思考もおかしい。
それが筒抜けだったのかヒマワリ男がちょっと笑った。
「いえ、貴方はとても可愛らしいと思いますし、先ほど言いました通り実に好みのタイプです」
むむむむむ。そう言われるのもなんかな、フクザツ。ユーレイ男に可愛い言われて赤くなるなよ俺。
「ですが物理的に襲えませんから。触ろうとしてもすり抜けてしまいますしね」
「あ、そーか」
ほっとした。……何にほっとしたんだ俺は。襲われないことにだろうかそれとも別の?
ううううううう、極めて考えるとおっそろしい展開になりそうなんだけどなぁ。
はあ、とため息をついてしまう。
変だなぁおかしいなあ。襲われるのなんてごめんなんだけど、俺は少なくともゲイでもホモでもなかったはずで。なのにこのヒマワリ男に親近感抱いてしまって。しかもうっかり俺のタイプにストライクなんて思ったりしておかしいなあ。
……やっぱり暑さで脳ミソ溶けてるんだ。じゃなきゃこの赤いリボンのせいでおかしくなったんだ。
「まあ、すり抜けないとしてもいきなりは襲いませんよ。ちゃんと貴方のご意思を確認してからそういうことに踏み込みます」
ええと、意思確認されて俺がオーケイって言ったらどーするんだろうなあ。
め、めくるめくバラ色の世界?うわー……、想像しちまった。
マズイ。
想像するな俺。
ぶっちゃけ新たなる世界の扉開くことは遠慮したい。ふつーがいいんだ普通がさ。いかん、この話題はストップだ。
俺は無理矢理に話を変える。リボンごときで俺の一生左右されてたまるかよ!
「こ、この調子で色々たくさん思い出だせるといいですねっ!」
無理矢理明るい声作ってあはははは、とか笑って。ええと何でもいい。わざとらしくてもいいから話を変えろ俺。ええと、ああと。
「性嗜好を思い出したのはともかく。ええと、ホラ、思い出したのはええと、さっきの、ほら、あれから他のこととか連想できませんかね?ええっと、名刺渡す動作に慣れていたじゃないですか貴方。……ってことは多分立派な社会人だってってことで。あー、格好からするとサラリーマン的ですよね。試しに『ワタクシこういうモノですが』とか言ってみたらそのままするっと名前出てきたりしませんかねぇ?」
誤魔化せ誤魔化せって俺はちょっと必死。
「名前……」
「ええ、うっかり出てきたら儲けモノじゃないですか。ちょっと言ってみます?」
「『ワタクシこういうモノですが……』ですか」
機械的に復唱するみたいに言って。それでついでに名刺を俺に渡す動作をして。俺はそれ受け取る動作して。
「あ、頂戴いたします。小学部受験コースの国語を担当しております宇佐美和史です」
なんてたまに言ってる自己紹介。塾で名刺なんてめったに出さないんだけど、ほら、私立の学校の先生たちとか広報の人たちがさ、たまにパンフレットとか入試要項とか持ってウチの塾にも来てくれて。そのときにね、たまーに教室長がいない時なんかは俺がその人たちの対応するんだよね。そんな時にはこんなふうに言ったりしてるから。……うっかりなんとなく名刺渡しごっこだなあ。
「ああ。宇佐美さんとおっしゃるので」
「あ、そういえば名のったりもしてなかったですね」
「お会いしてそのままご自宅にもお邪魔しているというのに……。私の名前すらお教えできなくてすみません」
そのうち思い出しますよ、とか下手な慰め言ってもなあ……とか思ってちょっと詰まったらつけっぱなしだったテレビから軽快な音楽が流れてきた。
『こんばんは。九時になりました。では今日の主なトピックスから』ってアナウンサーがニュースを読みだした。さっきのドラマは終わってたらしい。
「あー、九時か」
番組が切り替わってまた別のニュース番組始まったのか。言葉に詰まっていた俺はもう九時か時間が経つの早いなーとかとかテキトウに言った。


続く
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