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「スカウトってアタシ達初めてだねえ。あの事務所、あれでしょ?俳優のハトリなんとかって今売り出し中の人とか居るでしょう?ほら、車のCMの」
あ、なんか声がゴキゲンだ。スカウトってのが嬉しかったのかなクマちゃんは。でもクマちゃん、あの上条って人、スカウト一歩手前って言ってたよ。一歩手前。うーん、その微妙な言葉は何だろう。ま、考えても仕方がないか。でも、考えちゃうけどなあ。チクショ。
「車のCM?ああ、なんだっけ?大事な人乗っけたいからこの車を選んだとかいうクサイの?」
「えー、かっこいいじゃない。きりっとスーツ着て、少しだけ頬染めて『海まで行きませんか』なーんて照れながら誘ってくれるのって素敵よね〜。あんな風に誘われたらアタシ即オッケーしてデートしちゃう。シチュエーション、サイコーよね」
「うっわ、クマちゃん趣味悪いっていうかそんなに乙女だったっけ?」
殺人ギターってあだ名がつくくらいにざっくりと切りつけてくるナイフみたいな音出しまくりのギタリストが。一之瀬のドラムと喧嘩するみたいな音出すのになあ……。それに何より、カレシよりもギター選ぶ女のくせに何このオトメチック発言。意外な言葉に俺はちょっと驚いた。
「いーじゃない、アタシだって女の子なんだからあ」
「いやマジびっくりした。だってクマちゃん高校の時からカレシなんかに目もくれないでギター弾きまくってたんだよ?」
クマちゃんは俺の高校の時からの親友だ。クマちゃんの当時のカレシが軽音部のギター弾きでってまあ、かなーり下手だったらしいけど。その彼氏がなんか戯れに「弾いてみろよ」ってクマちゃんに言って、それでその時生まれて初めてギターなんてもんに触れたらしい。でも、弾くこと自体にハマちゃって、あっという間にその当時のカレシよりも上手くなっちゃったんだってさ。プライドだけは高いカレシは不機嫌になって、で、結局そのことが原因でカレシと別れちゃったんだって。なのに、クマちゃんは放課後の教室でギターをじゃかじゃか毎日弾きまくってた。カレシなんかより、ギターにハマっちまったんだ。正直その頃から何かを抉るみたいな痛いギターだったんだよね。あんまりに痛くて堪らなくなって、ある時俺はクマちゃんのギターに合わせて歌い始めた。それからの長い付き合い。そのクマちゃんが、ねえ。
「そんな昔のこと引き出さないでよ、ソーヤひどおおおおい」
ぷんぷんって冗談半分でむくれるクマちゃんを俺は初めて可愛いなと思った。ヤスさんも、一之瀬も微笑ましそうにクマちゃんを見てる。まあまあ、ってヤスさんがクマちゃんの頭を撫でたらクマちゃんは「ベーっだっ!」て舌出すし。ホント面白いな。ステージの上ではすごいけど、そこから降りればちょこちょこ動くおもちゃみたい。ほら、あれだ。背中にゼンマイついててががしゃがしゃ動くちっさいブリキのおもちゃ。じっさいクマちゃんちっさいからなあ。俺の同級生になんて見えないんだよね。背、低いのもあるし。顔もね、童顔だし。ロリコン趣味の男なんかいくらでもひっかけられそうなカンジ。ま、でもギター持たせたらすごいパワフルだけどな。なんて、なんだかんだクマちゃんをからかいつつもなだめながら、とりあえず打ち上げ、飲みに行こうっていつもの近所のすげえ安い居酒屋に向かった。

続く
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