▼2
もちろん睨みは継続中だ。
「さっきの君らのライブ聴いたんだがな。インディーズじゃなくてメジャーで売れるだけの力量はもうあると見た。だけどな、なんか一つ足りないようにも思えるんだよな」
「足りない?何が?」
この男が俺の歌にのめり込んでくれなかった理由。もしかして何かが足りない……のか?
「そんなのがわかったら即座に教え込んで売るつもりなんだけどな。わからねえが、足りない」
その足りないモノがわかれば。俺の歌はこの上条っていう男に届くんだろうか?足りない何か。それが悔しくてやっぱりおれは上条を睨む。
「まあ、それが見つかるかどうかはわからねえがな。しばらく君らのライブ、見に来るからよろしく。ああ、そうだ。メシとか一緒に食べに行こうや。おごるけど?」
社交辞令なのかそれとも勧誘の一環なのかそんなのわからないけど、さらりとそんなこと言われて何故だが俺はますます気分が悪くなった。
「……今日は仲間内で打ち上げ。初対面のアンタ……ええと、上条、さん、なんかとメシ食う気分じゃないですね」
ふーんて感じで感心したみたいに上条って男は薄く笑った。ライブハウスのオーナーの住吉さんはそんな失礼な口きいたらだめだよ、チャンスだよって目配せしてくれてたけど、すみません無視。だけど、上条、さん、は俺の睨みつけなんて全然気にしてないみたいだった。後日っていうかすごい時間が経ってからこの時のこと聞いてみたんだけど、本気で感心してたんだってさ。何せ比較的有名どころの芸能事務所の敏腕プロデューサー様だ。大抵、この男が声をかけるとみんな尻尾振ってメジャーデビューさせてくれって卑屈にせがむらしい。俺はメジャーとかインディーズの区別はどうでもいい。俺の歌いたい曲、叫べるんなら。衝動みたいに俺の内側にある、もやもやしたものを吐き出せるんだったらどっちでも構わない。歌いたい歌、歌うだけ。それだけだ。歌えるんなら、歌い続けられるんならこのライブハウスみたいな小さい小屋でライト浴びてるだけでいい。メジャーに行ってアレコレ束縛されるのは嫌だ。こだわりなんてそんなくらい。だから、大手の芸能事務所の人間だろうと何だろうと態度変える気なんかない。なんて言うのはかっこいい言い訳かもな。ただ、この時の俺は、上条…さん、が俺の曲にのめり込みもしないで観察みたいに冷静な目で、俺の歌を分析してたのがすごく気に入らなかっただけだった。
「それじゃまた。そのうち誘いに来るからな。……ああそうだ、無理に『さん』つけて呼ばなくていいぞ」
なんて余裕っぽく付け加えて。いくらなんでもそういうわけにはいかないだろう。心の中では何この男すげえムカツクって感じで呼び捨てだけど、一応初対面のプロデューサー様だ。まあ、上条っていう名前と『さん』の間に微妙な間が生じるのはしかたねえ。そんなことも見透かされているようで俺はますます不機嫌になる。だけど、「呼び捨てはさすがに……」って一応言ったら「まあ好きに呼べ」ってそれだけ残してあっさりと、上条……さん、は、去っていった。あっさりした、態度。さっきのライブん時の冷静っていうか観察みたいな感じとかも。スカウトとかじゃなくて、すげえ微妙な『一歩手前』。馬鹿にされてるわけじゃないけどなんかムカツク。わかんないけど悔しい。むう、ってムクレていたらヤスさんが俺に視線を寄こした。
「ソーヤがさっき言ってた『最前列の一番端に居た男』って今の人だよな。ふーん、芸能事務所の人とかだったのか、なるほどね」
いつもながらのクールな声に俺の気分も落ち着いてくる。
「ヤスさんも、気がついてた?」
「あ、いや?ライブ中はオレ、観客席とか見ないし。初対面の人には基本的に愛想良くするソーヤがさっきのあの、上条って人に対しては感情むき出しっていうか機嫌悪いから。……まあ、推理?みたいなもん?」
「そっか……」
感情むき出しとまではいかないけどやっぱ、ムカついてたからな。俺の歌、届かなくて。初対面のヤツにここまでムカついたのなんてヤスさんが言った通り珍しい。一応俺もオトナですから?それなりに愛想の振り方なんてわかってるんだけどな。大抵のヤツにはにこにこ愛想の一つや二つふることくらい平気なんだけど……。あの上条って人だけには出来なかった。なんでだろ?突っかかるなんてガキみたいとか思われたかな。少なくとも平気な顔くらいすればよかった。……なんてちょっと反省モードに入りかけたその時に、つんつんってクマちゃんの赤く塗った爪に突かれた。


続く



スポンサード リンク