▼7
なんかね、気分良く飲みまくって、浮かれていろんな話をした。今まで聞いてきた曲とか上条さんがデビューさせてきた芸能人とか、それから業界裏話。ああ、上条さんてさ、柔道とかアメフトとかやってたんだって。そんな頃の話とか色々と、思いつくまま喋って飲んでまた喋って。時間の感覚がなくなった。まあ、酔いが回ったんだけど簡単に言うと。そうじゃなきゃ、きっとあんなことまで話さない。クマちゃんと出会った時の話とか……俺の、ハハオヤの、話とか。
……オンナノヒトって怖いよな?これだって決めたら他のモン全部切り捨ててもそれを掴みに行っちゃうんだよ?計算とかこの先とか未来とか、周りの人の困惑とかなーんにも考えないで、欲しいから欲しい。本能的な強さで掴む。たとえばそうだなあ……クマちゃんてさあ、すっごい惚れっぽいの。カレシと別れてもすぐに次のカレシ作るんだよ。遊びとか軽い気持ちとかじゃないんだよ。クマちゃんてほんとにカレシ大事にする。愛されてんなあ相手、って傍から見てもわかるくらい。世界は二人のために在るってくらいにカレシのことしか見ないモード。べったり。そんな感じなのにさあ、いざそのカレシが「オレとギターとどっちを選ぶ?」みたいなこと言っちゃうと問答無用でギター選ぶの。音楽が、命。カレシは愛してる、だけどアタシのギターはアタシの魂よ。不可分なんだから。なーんてきっぱりはっきりぐっさりしてる。一秒だって悩まない。音楽を続けるためだったら最愛のカレシだって即座にその場で切り捨てる。俺もね、歌が人生だけど、そういうクマちゃん尊敬してるけど、やっぱり、未練なんか残さないで即座に音楽だけ選ぶクマちゃんはすごいし怖いなあなんて思う。嫌な怖さじゃないんだけど。クマちゃん俺の親友だけど。ああ、もっと怖い人が居るんだよ。音楽に魂乗っ取られた女。俺のハハオヤって人。ぐだぐだ、喋ったと思う。なんで上条さんなんかにこんな話してんだろうって途中どっかでちらっと思ったけど、酔いが回った頭ではそんなこと思った途端に消えていった。俺はこの時は気がつかなかったけど多分上条さんも相当酔ってたんだと思う。マネージャー業だかプロデューサー業だかやってるうちに、上条さんの名前が芸能業界でそこそこ知られ始めたっていうか敏腕とか言われだした頃に、一人の女優の卵に出会ったなんて話をしてきたんだよ。出会った瞬間に恋に落ちた、なんてべたべたなドラマみたいに上条さんはその女優の卵にのめり込んだんだって。その人、女優として売るのに本気で命かけてたみたい。上条さんが頼み込んで、有名な監督の新作映画にチョイ役でいいからって使ってもらって、それがきっかけであれよあれよという間にその人は大女優の仲間入り。今じゃその人の名前、知らない人なんか居ないってくらいの超有名大女優。嬉しかったんだって。当時は。上条さんが自分の力で愛している人の希望を叶えて誰もが知っている女優に出来た。順風満帆で世界は輝きに満ちていたってコレ上条さんのセリフね。べったべただけどこの世の春っていうか世界は自分のものだっていうくらいには幸せだったんだってさ。でも女って怖いよな。その大女優様は、上条さんを利用してただけ、なんだって。単なる女優なんか目指してない。何年何十年経っても誰もの記憶に残る大女優になるの。そのために上条さんの力とか人脈とかを使ったの。今までありがとう。ってさ、あっさり上条さんのこと、捨てた。いや、捨てられたって思ったのは上条さんだけで大女優様はそんな気なんかさらさらなかったんだろう。彼女にとってはこれからが勝負。上条さんてステップ踏んで、女優の卵から大女優になって、でもまだまだ先を見つめていた。こんなものじゃないもっと先へって。
スポンサード リンク