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俺が、上条さんと仲良くなったのはこれがきっかけ。クマちゃんとか一之瀬とかは驚いてたけどね。ちょっと前まではさ、がるるるるるるるって感じに睨みつけてた俺が上条さんと普通に話とかして笑いあってるんだから。ヤスさんはクールなままですが、きっと内心では驚いてんな。それで俺と上条さんは結構っしょっちゅう一緒に飲みとか行くようになった。ゲーセンとかカラオケとかも行った。上条さん、すげえ歌ヘタ。声は低くて渋いかんじなのになあ。なんで音程外すんだろ?仮にも音楽業界関係者なのにさ。そう言って笑ったら、上条さんは「うるせえ。自分で歌うのと、いい音楽判断する耳は別もんだっ!」って怒鳴ってきた。あはははは、そりゃそーだ。そんな感じで色々笑ったりふざけたりがすげえ楽しかった。あ、別に二人きりで出かけてばかりじゃないよ。ふつーに二人の時もあったし、バンドメンバーみんな一緒ってのもあった。あ、そうそう。ホントにあの俳優のハトリさん、飲み会に連れてきてくれたんだよびっくり。クマちゃん、目をハートマークにして「恋人とか居るんですかああああああ?」っていきなり突進。おーいおいおいってみんなで苦笑。アタックかけるってことはクマちゃん今カレシ居ないのね。ハトリさんは「あー、絶賛片想い中なんだよね」ってスルーするし。流石、慣れてるカンジ?って思ったらホントに片想いなんだってびっくりだ。イケメンさんなのにねって突っ込んだら「ちょっと事情のある子でね……。難しいなあ」って遠く見ちゃってるから。クマちゃんもごめんなさいって素直に謝って。切ないみたいな顔、してる。いつか両想いになったらいいですねなんて思ったけど俺は口には出さなかった。代わりに誤魔化すみたいに他の話題、探しまくったらなんと!ハトリさんて俺とクマちゃんの高校の先輩でした!ああびっくり!!
「うわっ!まじですか!!」
そう思わず叫んだ。ハトリさんが卒業して、それから俺が入学ってくらい。おおおおおーって思って「じゃあハトリさんのこと、これから羽鳥先輩って呼びますね」なんて嬉々として言った俺はクマちゃん咎められないほどのミーハーかも。あはは。いやあ、いいじゃんか。なんとなく雰囲気が俺の傍に今までいなかった感じの人でさ。俳優だから……かな?せっかくお知り合いになったんだから、今度撮影風景とかも見せてもらうことにした。ああ、それからね、俺達は上条さんの事務所に正式に所属することになりました。契約書とかも交わしたし。そう言ってもデビューじゃないんだよ残念ながら。この間上条さんが会議サボった言い訳にされた感じもあるかも。四人そろって上条さんに引きつれられて事務所の社長さんに面接。スタジオ関係の仕事、なんでもコイツらにまわしてくれて、使える奴らだから。それでこの間会議サボったのチャラにして、ってさあ、上条さんに社長の前に放り投げ出されだんだよ。でも悪いことじゃないし俺達の修行にもなる。所属して何してるかっていうと……新人アイドル歌手の、バックバンドとかコーラスの仕事とか、さ。デパートの屋上イベントとかそーゆーのに駆り出されるとか、それからスタジオミュージシャン系のそういう感じのお仕事をたくさんたくさん上条さんが回してくれた。譜面が読めて、初見でギター弾いたりドラム叩いたり出来れば大丈夫って感じで俺だけじゃなくクマちゃんとかヤスさんとか一之瀬も、もう容赦なくいろんな現場にボンボン突っ込まれていったんだ。事務所の社長も「お前ら使い勝手いいなあ。流石上条の子分」とか言って笑ってるし。もう、首まわんないくらいの忙しさ。朝から晩まで音楽音楽音楽音楽。演奏して歌って弾いて曲作って録音して練習して練習して練習して。一之瀬達はそれまでのバイト、ええと引っ越しとか宅配業とかね、全部辞めた。そんなのやらなくても音楽で金が貰えるって嬉々としていろんな現場で音鳴らして。まさに修行。ホントに修行。あ、でも、ちゃんと俺達のバンドのライブとかもやってます。もうね、修業の成果ありまくりって感じで、いつもお世話になってるライブハウスのオーナーの住吉さんなんか「ライブこなすたびにすごい勢いでレベルアップしてるなあ。いつメジャーデビューすんの?」なんて目を丸くしてるし。お客さんの反応も上々。踊りまくって狂ったように歌いまくって。熱気で脱水症状なるくらい。
すげえ楽しかった。
音楽の、コトしか考えてなかった。
俺の音楽に足りないモノある。そんなことすら忘れてた。
目の前の仕事こなしてハイになって楽しくて。
ほらあれだ。学生の文化祭みたいな盛り上がり。
騒いで笑って楽しくて。毎日が馬鹿騒ぎ。最初、チクショーとか思ってたのなんか忘れて上条さんともすごい仲良くなった。お互いの部屋とか泊まり合って、酒飲んで。……まあ、ぐたぐた吐き出したけどねお互いに。女優さんの話とか俺のハハオヤの話とか。あ、ニシナって女優、ほんとうにあの「仁科恭子」だった。去年とか、映画とかCMとか出まくって、主演女優賞だの助演女優賞だの取りまくってたあの人。この国であの人のコト知らない人なんていないだろうってくらいの女優。あ、俺のハハオヤのコト、上条さんも知っていた。そりゃそうか。音楽業界で仕事してて、「宗谷はるか」の名前知らないなんてことないよな。日本、拠点にしていないしずーっと海外行ってオペラだとかなんだとか出まくっているけど、あの人「日本が世界に誇る歌姫」ってキャッチフレーズついちゃうくらいだしな。姫って年じゃないんだけどね。……はるかさんに姫って単語、似合うけどさ。そんで、すっげお互いに情けないんだけど、そーゆーこととかもさ、俺と上条さん的には連帯感覚える要素だったんだよね。それでますますお互いに気を許していってさ。お互いに、どーしようもない馬鹿だねーなんて傷舐め合っちゃってさ。こんな話バンドのメンバーと謂えどもそうそうしてこなかったってのに。クマちゃんにだってそんなに話したことなかったよな。ちょっとくらいは愚痴ったことあるけどね。クマちゃん、俺のハハオヤにちょっと似てるよなんて言ってさ。ええと、なんだっけ?あ、そうそう。例えるならあれだ。学生の時とかさ、定期テストで赤点取って、そんでその赤点取った同士でお互い馬鹿言いあってるのと似てる。なんだよおまえ25点かよ、俺お前よりマシじゃんだって27点だもーんとかそういう出来ない者同士の連帯感みたい。気、許して。アホみたいに笑ってさ。

でも、さ。そんな足元固まって無いみたいな楽しさなんて永続的には続かないんだよ。
海だってさ、凪の日晴れの日ばっかじゃない。
嵐、台風、ハリケーン。名称なんて何でもいいけど。
いきなり、だった。
来ちまったんだ。
その、嵐にも等しい波乱がさ。
たとえとかじゃなくて本当に暴風圏に吹っ飛ばされたカンジ。
文字通り、俺の心の中に嵐が吹き荒れた。
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