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それを俺はまだつかんでいないけど。
でも少なくとも上条さんを惹きつけて離さないだけの可能性を俺は持っている。
まだ、足りないけど。可能性の欠片だけなのかもしれないけど。
全然届かないけど。
でも、挑むべきじゃないの?
それで問題ねえじゃん。
何が、予防線?
上条さんの言ってること半分わかって半分わかってなかった。
「なら万々歳じゃん。俺は足りないモノ埋めることが出来て、俺の歌、もっとずっと上条さんに届く。上条さんだってあの女のことなんて忘れて俺の歌売りまくればいーじゃん」
最初に言われた。
――さっきの君らのライブ聴いたんだがな。インディーズじゃなくてメジャーで売れるだけの力量はもうあると見た。だけどな、なんか一つ足りないようにも思えるんだよな。
その足りないのが、わかったんじゃねえかよ。
上条さんがあの時、俺の歌にのめり込んでくれなかった理由。
――そんなのがわかったら即座に教え込んで売るつもりなんだけどな。わからねえが、足りない。
まだ足りないけど、掴むべきモノの輪郭、わかったんじゃねえかよ。なのになんでそんなにうかない顔してんのアンタ。即座に教え込んで売るつもりだったんだろう?
「だから俺、上条さんにムカついた原因探る。アンタに纏わりつくよ。いいだろ?」
煙草、もう口にしていないのに上条さんはため息をついた。
「嫌だって言っても纏わりつく気満々だろソーヤ」
「うん。だって俺の歌のことだから」
「歌だけならよかったんだがなあ……」
諦めたみたいに、上条さんは空を仰いで。それから視線を俺に戻した。
「じゃあ、言うがな」
言いたくないって言っている声。
「何を?」
「ソーヤが恭子に目を奪われてるオレにムカついた理由。オレのカンチガイかもしれねえけど……、聞きたいか?」
「聞きたい」
じゃあ、言うけどって前置きして、それでも上条さんは言いたくなさそうだった。ゆっくりと口を開いて一端閉じて。覚悟決めてそれを言った。
「嫉妬」
「え?」
「オマエ、恭子に嫉妬したんだろ。違うか?」
言われた瞬間世界が反転したみたいだった。
嫉妬。あの真っ暗で気持ちが悪い感情に名前をつけるならまさにそれで。
確かに俺は。あのニシナキョウコって女優に嫉妬した。
あの気持ち悪いどろどろした感情。その場に居たくなかった。仁科恭子に目を奪われている上条さんを見たくなかった。嫉妬っていう言葉はあの時の俺の感情にすごく近い気が、する。
でも、俺が仁科恭子に……嫉妬?
「普通、さ。オレが誰かどっかの女に視線奪われて。その程度でムカつくか?」
「え、っと?」
「たとえばの話。オマエが女で今のオレと付き合ってるとする。そこに恭子が現れた。だったらムカつかれたんなら、わかる。当然だよな?」
「う、うん……」
そういう仮定なら。自分の恋人が過去に別れた女に目が奪われてんだろ?そりゃあ嫉妬するだろうなってことくらいは俺にもわかる。
「オマエは、違うだろ?別にオレと……そういう意味で付き合ってるわけじゃねーし」
そういやそうだ。なんでオレは仁科恭子に嫉妬心を覚えたんだろう?才能?でもそんなの、はるかさんなんか仁科恭子よりすげえと思うし。俺は歌うんであって演技なんて無関係。
「そーだけど、だけどムカついたのは事実」
わかんないけど、本気でムカついた。ぐるぐるぐるぐる胸ん中気持ち悪かった。
「なんでムカつくんだ?」
「え?」
「オレとおまえはそりゃあ、ここん所多少なりとも仲良くなったよな?」
「うん……」
一緒に飲んだり愚痴言ったり。それすごい楽しくって。
「男友達っていうのはおかしいけど、仕事がらみもあるしな。まあそれに近いカンジもするし」
「そー……だけど、」
上条さんが何を言いたいのかよくわからなくなってきた。だけど、すごい言いたくないことを言っているような上条さんの言葉をせき止めることはしちゃいけないんだろうなって思って。オレは促されるままに返事をした。
「……オマエが、恭子に目を奪われてんの見て、ムカつくっての、普通に考えたらおかしいだろ?」
そっかな?うん、ちょっと変かも。だけど。
「だけど、オレ本気で気持ち悪くなるくらいムカついた」
「だから、そこが問題なんだよ……」
「なんで?」
本気でわからない。
「オマエはオレに執着してんだよ」
うん、それが?何?問題でも?
「どういう種類の執着心か、オマエ自分で分かってないだろ」
「どういう種類って……」
「例えば仲がいい友達、別のヤツに取られてムカつくとかの、そういうコドモの独占欲?単に心が狭いだけか?」
ちょっと胸に手を置いて考えてみた。……違う。そんなんじゃない気がする。違うっぽい。
「間違ってたら嬉しいんだけどな。……恋愛関係?」
「え……」
レンアイ、カンケイの、執着心?
「なに……、それ……」
「オレの勘違いとか考えすぎならいいんだけどな」
ざわざわざわざわ何かが起こる。嵐の前兆。この先に進んじゃいけないってセーブがかかる。
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