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「執着ってもんはな。いろんな種類の執着があるだろ?その中で、だ。強い感情を抱くモノ。その正体なんて人から言われて理解するんじゃ無意味だよな。知りたいなら自分で掴め。でも……な。年長者からの忠告って言うかなんて言うか予防線……かもしれねえが。やめといた方がいいと……オレは思う」
わけのわからないこと言った俺と、わけのわからない返事してきた上条さん。
上条さんの俺を見る目が、なんか……こう、憐れみって言うのかうーん、可愛そうなもの見るって言うのかええと、ごめんなって言われてるみたいでなんかちょっと嫌なカンジがした。でもそれじゃ、このままどこにも行けやしないだろう?掴みたいモノ、掴めないから。
「それでも俺は。今のままのガキのままじゃ、きっと歌だって変わらない。足りないモノ、それが何か、俺は知らないといけないんだ。知って、それで……どう変わるかとかもわからないけどだけど。癇癪起こすだけのガキはもういやだってそう思う。大人になるってことかどうかもわからないけど。駄目人間のまま居るの駄目だろって。それに一生このままならアンタに言われた『足りないモノ』なんていつまで経っても掴めそうもねえし俺の歌、なんか足りないって言われたままで居たくない」
上条さんはやっぱり迷ったような眼をしてた。だけど。
「執着の、話をするぞ。輝ける才能ってヤツな。オレはそれに目が眩む種類の人間だ。音楽に頭殴られて、大学辞めてこの業界に入った。大学辞めるきっかけになったあのバンドは解散してもうどこにもない。だけどな、未だに執着は、ある。恭子……は、女優としては一級品だ。恋人だと思ったのはオレだけだったけど、あのバンドも恭子もオレが目を奪われた最上のものだ。女として惚れたんだと思ったけどな。恭子にしてみれば俺は女の恭子に惚れたんじゃなくて女優の才能に惚れたっていうんだ。『女優としてじゃない専業主婦の私が上条さんの傍に居て、それで満足?』そう昔に言われた。『違うでしょう?女優の私が好きなのよね貴方は。私の女優の才能を愛しているのよわかってる?それに私だって同じよ。女優の私がいいの。大事なの。上条さんは私が女優としてやっていくのに必要な人。だからそろそろお別れするのがいいと思うのよ』ってさ。アイツは正しい。あのまま恭子が女優の道に進まないでオレと結婚でもしてたら今頃オレはどう思っていたかなってさ。……女優じゃない、フツーの女になったらきっと別れてたと思う。女優のアイツには未だに執着してるし目が離せないけどな。オレはこういう身勝手な人間だからアイツばかり責められねえんだよ。恭子が言う通り、なんだ。女優の、恭子の、才能に惚れてる。オレはそうなんだ。そういうもんが欲しくてこの仕事続けてんだ。目が眩んでどうしても魂ごと引きつけられて仕方がないモン探してんだ。だから……女としての恭子に未練があるわけじゃねえんだよ。ただ……、な。恭子以上の才能を見つけられてねえんだよ。あいつが、今も、オレの一番。魂が引き付けられるほどの才能。今でもな。きっと、恭子以上の才能の持ち主をこのオレがこの手で世の中に出すことが出来たら、恭子のことはあっさり忘れちまうんだ。呪縛から解き放たれたみたいに新しい才能の持ち主に惚れこんじまうだろう。酷いヤツだっていう自覚は、もちろんある。だけど、仕方がねえ。それに、一級品の才能なんて、なかなかそんなもん簡単に転がってるもんじゃねぇから恭子への執着は消えないんだ。そういうの、恭子はわかっているんだよ。わかって、オレを許して……だから、別れたんだ。だけど、な。……それで、お前に不快にさせたっつーんならすまんな」
魂惹きつけられるほどの才能。上条さんが求めているのはそれで。
もう恋愛感情とかじゃなくて、あの女に対するコダワリって、才能?
なんで、上条さんがいきなりこんな話を長々としたのか。
才能。呪縛みたいにひきつけられて離れないモノ。
「じゃあ俺が。上条さんを惹きつけられるくらいの歌を歌ったら、あの女の呪縛から逃れられる可能性、あるんだよね?俺の歌にはそのくらいの力があるかもなんだよね?」
黙ったままの上条さん。年長者の忠告、予防線。
上条さんが自分でわからないままにしておいたほうがいいぞって言ったのにね。
だけどオレは。わかってしまった。多分、上条さんが今こんなこと言ってくれたからわかったんだろうけどさ。
一級品の才能に、惚れこむ上条さん。
足りない部分のある俺。
その足りない部分埋めたら。なあ、上条さん。俺がその一級品になるんじゃないの?
上条さんが引き付けられるくらいの才能の卵、俺が持っているんじゃないの?
だから、俺達のライブ聴いて、上条さんは足りないものあるなんて言ってくれたんじゃないの?
上条さんを、惹きつけて離さないくらいの歌を、俺が、歌う。
そうしたら。
そうしたら?
過去に恋人だった、別れた今でさえ目が奪われているその女より、もっとずっと俺だけに引き寄せられる?それって俺の歌がすごいってことだろう?
だったら……なんでやめとけなんて言うんだよ。俺の歌に足りないモノ指摘したのアンタじゃん。そのくらい強い歌を俺は歌いたい。
たくさんの人の心つかむ歌。他の誰でもなくこの俺が歌えるようになる。
はるかさんの歌みたいに、魂を掴む歌を俺は歌いたい。
だっらた俺が上条さんに執着して、上条さんが俺のその才能に執着して。それの何が問題なんだよ。何にもマズイことなんてねーじゃんか。
執着、なんだろ。相手に対する強い感情。
目が離せない。引き付けられる。魅せられる。魂ごと持って行かれる。
そういうことだろ?
だったら俺はそれが欲しい。
俺の歌、聞いて。
俺がここに居るって知って。
観察なんかじゃなくて、冷静になんかじゃなくて。無視じゃなくて、忘却じゃなくて。
俺の歌がなかったら死んじまうくらいに強く強く強く。引き付けられて飲み込まれて俺の歌だけに飲み込まれて息が止まるくらい。
真っ白になってそこで俺の歌だけが世界に響く。
なぁ、俺はそれが欲しいんだけど。
そんなふうに俺の歌、聞いて欲しいんだけど。
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