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「そっか……。『ごめん』か……」
そーか、ってなんか納得する前に上条さんに謝られちまった。
じっと、上条さんの目を覗きこんでみる。
憐みの、視線ってこういうヤツなのかな?いや、違うな。そこまでじゃない。単にごめんてそれだけ言ってる。
「俺、上条さんのこと好きになってたんだ、いつの間にか。知らなかった」
いつの間にかっていうか最初からだけど。一目惚れの部類に入るんだろうか?わかんないけど最初から俺は上条さんに俺の歌が届いて欲しかった。
「だからあの女なんかに目を奪われてる上条さん見るのすげえムカついたんだなあ。言われてみれば簡単なことだった」
確かめるみたいに言葉に出す。
仁科恭子に目を奪われている上条さん見て傷ついて俺のほう見て欲しくてでも見てもらえなくて。
だから逃げたんじゃん。
最初から、告白なんかしても断られるのきっとどっかで分かってた。
……俺って馬鹿。
「で、上条さんが欲しいのは俺の才能のほうで俺個人じゃないってことだよね」
俺の歌には魅かれてくれかけたかもだけど。
俺自身を求めてくれたわけじゃない。
「ああ……」
「俺は告白する前に失恋なんだね」
「すまん、な」
ずしって胸の中、すごく重くなって暗くなった。
気がつく前にゲームオーバー。
「そっか……。じゃあしかたがない、か」
諦めるしか、ない。
俺は臆病者だから。手に入らないってわかってるもの、頑張って掴もうなんて根性は無い。初めから手に入らないから仕方がないって諦めて、それでも何とか生きていける位置を探す。そうやって自分守って生きてきた。
……手を伸ばそうと思ったけど、結局いつもの通り。
仕方がない。
手を伸ばしても届かない。
だったら、諦めるしかない。
「ごめん上条さん。今まで通りってのは無理でも頼むから普通にしてて」
「ああ……」
じゃあね、って言って別れた。それで、終わりだった。上条さんも落ち着いたことにまた連絡するからってそう言ってくれた。
それで、終わり。
これで、終わり。
届かない。
せっかく手を伸ばそうと思ったけどな。
――すまん、な。
上条さんの声がぐるぐるぐるぐる頭ん中回る
もう、とっとと寝ちまいたい。っていうかちょっと疲れたカンジ。意外に悲しいのとかショックなのとか無いなあ。……違う。多分俺は勝手にどっかで感情をせき止めてる。
悲しまないように、辛いって思わないように。心を遮断。
誤魔化すの、習性になってるから。
いつもみたいに、見ないフリ。
期待しなければ、望まなければ。心は痛まない。真綿でくるんだみたいに心を守って。そういうふうに生きてきた。今までも、それからこれからも。
……だから、だ。心が重いのは。
そういうの止めるつもりだった。執着出来るモノ見つかったんだから、手を伸ばしてみるつもりだった。
だけど。無理だったよクマちゃん。
足を引きずるようにして、帰る。とぼとぼと、俺は大人しく家に帰るしかなかった。
――せっかく気になる人、出来たんだから頑張ってみれば?
ねえ、クマちゃん。頑張る前に終わっちゃったよ。どうしよう。
オレ、どうすればよかった?けど、考える前にオレは上条さんに今まで通りにしてって言った。逃げた。立ち向かわなかった。もう結果は出てる。だから。
忘れよう。
うん、今まで通り。
へらへら笑うカンジでやり過ごすしか、ない。
上条さんに対しても、そういうふうに接していけば波風は立たない。
歌、は。別の方向から頑張って、メジャーに行けるようになればいい。
重要なのは歌であって上条さんじゃない。
そう思い込んで忘れるんだ。
そうしていれば俺の心は傷つかない。
……だけど。
胸の中が気持ち悪い。
頑張って手を伸ばそうと思ったのに。
進もうとする力。
傷つきたくないコドモの俺。
ぐるぐるぐるぐる。解消出来ない思いがただ無意味に意味も無くいつまでも、いつまで経っても渦を巻き続けた。


足引きずりながらすっごい疲れてようやく家にたどり着いたら。玄関に見覚えのない靴が転がっていた。
俺のじゃない、女物の、靴。俺の家にこんなモノがなんであるんだ?一瞬そう思いかけたけど、こんなモノがあるってことはあるってことはあるってことはまさか。
「……はるか、さん?」
まさか、と思いつつ俺はリビングを駆け抜ける。居ない。何年も使われていない開けても居ない部屋のドアを開けてみる。家具にもベッドにも白いシーツっていうかホコリ避けの布、かけたまま。じゃあどこだ?風呂かなとか思ったけど覗くわけにもいかないし、水音なんかもしていない。だから俺は自分の部屋を開けてみた。そしたら、居た。
俺のベッドの上ですやすやと眠っている俺のハハオヤが。
「ちょっとはるかさんっ!起きろおおおおおおおおおっ!」
むにゃむにゃと、寝息立ててるはるかさんを無理矢理揺さぶって、起こす。お、俺が今からここにくるまって寝て全部忘れようと思ったのに!何故あなたが居るですか!!
「あれえ……、葵クン、おっきくなってるの、ねえ……」
本気で眠そうに大きく一つ欠伸して、それでもはるかさんは起きあがった。
「おっきくじゃないでしょうおっきくじゃっ!俺はもうとっくに二十歳も過ぎてんですよっ!成人してます選挙権だってあるんだよっ!」
「だあって、葵クン、この間まで学生服着てたもん。背だってママより小さかったし。んー、もうだっこもできないわねえ……」
「……あなたがここで暮らしてたの、何年前だと思ってんですかっていうかなんで居るんですかっ!いつ帰国したのっ!俺聞いてないっ」
「えーとねえ、公演があるのよ。だから日本に来たの。ママ、ジュリエットの役なの」
ジュリエット?そんなものどーでもいい。
「だったら連絡くらいしてくださいよ。いきなり帰ってきてもはるかさんの部屋、掃除なんてしてねえよっ!」
「うん、だからねえ。葵クンのベッドで寝てたの」
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