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歌い終えて、ふう、と息を吐いた。身体の中にあったもの全部吐き出して、力が抜けそうだった。例えばフル・マラソンの42,195キロ走りきったあとってこんな感じかもしれない。
魂が入れ替わったみたいな感覚。ホントの本音、曝した歌。俺も、歌えたんだ、こんなふうに。
隠さないで逃げないで。
素直に。
全部。
吐き出して俺の身体から気持ちを解放する。

……きっとこれから。俺の歌は変わる。
届かない歌、歌って声を張り上げるんじゃない。
届けって伝われって、きっと俺はそんなふうに歌えるようになる。
そうか、こうやって歌えばいいんだ。俺はもう一度深く息を吸った。新しい空気を胸に入れる。そしてそれを吐く。今の俺の歌、それを忘れないでいよう。こうやって歌っていこうこれからは。
不自由に叫ぶんじゃなくて、気持ちのまま解放。
うん、それでいいんだ。
心に深く刻んで、それから俺は羽鳥先輩を見た。
「先輩、好きな人いるって、前に言ってたよね?」
「え?あ、うん……」
驚きすぎて呆けているみたいな顔。多分、俺の歌は先輩に届いてる。なら今だって思って、俺は先輩にたたみかけるようにして、言う。
「その人のコト考えて。好きだって気持ちだけ考えて。音なんてハズして構わないからその気持ちを歌にしてよ」
「宗谷、君?」
「答えてもらえるとか告白してどうなるとかそんな先のことまでは考えないで。ただ、好きなんだよってそれだけの気持ち。隠さないで、歌ってみてよ先輩」
「隠さないで……?」
「そう、隠さない」
「……私はあの子に、気持ちを伝えるつもりはないんだよ」
羽鳥先輩の目が、辛そうに細められた。
「うん、それでもいいよ。伝えなくてもいい。でもあるでしょう?ここに、先輩の心の中にはその人への気持ち、めちゃめちゃあるよね?」
とん、って軽く。俺は先輩の心臓の上を叩いた。
「気持ち、歌に乗せて。告白しなくてもいいから。好きだよって想いだけ伝えて」
「好きだって……」
「本当は、すっごく言いたいよね。ここにキモチあるでしょう。告白なんかしないって先輩言ってるけど、堰き止めなきゃ溢れるくらいの気持ち抱えてるはずだよね。だって俺だってそうだった。ホントは言いたくて仕方がなくてでもそれ言わないままで誤魔化してきたよ」
秘密にして、見ないフリして隠し持ってる。自分で、勝手に伝えちゃいけないなんて決めてそれに縛られて。だったら解き放ってやるのも自分でしかないと思うんだ。
「宗谷、君……」
「今だけでいい。その気持ち、叫んで。堰き止めてる気持ち、今、ここで、全部出して」
先輩は、迷ったみたいに目を泳がせた。だけど。
しばらく迷って、それでも。
「……お願いします。歌いますから曲流して下さい」
きっぱりと言ってマイクに向かった。

先輩の歌、聞きながら俺は考えてる。
こんなに想っているのに伝わらないことなんてあるんだよな。一方通行の想い、抱え続けて平気なのかな?
それとも今はダメでもいつか伝わるんだろうか?それともいつか諦めて別の恋とかするんだろうか?
でもはるかさんみたいにずっと、好きだって歌い続けているだけの人もいる。俺、生まれてから今まで父親なんてもん見たことがない。なら、はるかさんは少なくとも俺の年の分は父親に会っていない、はず。なのに、好きだってずっと歌ってる。
ねえ、それで辛くないの?本当にそれでいいの?
――葵クンは見返りとか欲しい人?愛してるから愛し返して欲しい人?
うん、そうだねはるかさん。俺は好きな人に好きになって欲しいよ。はるかさんみたいに思い続けるのは難しいよ。
――届きますようにって願いを込めて大好きよって歌い続けるけど、届くかどうかはしらないわ。
好きだって思うだけで幸せ?俺にはそんなの無理だよ。はるかさんみたいに強くない。好きになって欲しい。牽制とかしないで、好きって言わせて欲しかったよ。それで、俺のコト、好きだって、上条さんからも言って欲しかったよ。
でも俺は告白する前にふられたんだよ。
失恋、したんだ。俺は。
――他の人を、はるかさんを愛してくれる人探そうとか思わないの?
――ママはね豊さんを好きなだけで幸せよ。他の人なんていらないわ。
俺は、どうするのかな。フラレても未練がましく思い続けるのかな?はるかさんみたいに純粋な気持ち、持ったまま好きでいられるのかな?それとも、失恋受け止めて、他の人選ぶのかな?
俺が、好きな人じゃなくて。
俺を好きになってくれた誰かを選ぶのかな?
……嫌だなって思った。なんでか知らないけど上条さんがいい。
初めて、俺が、執着した人。
生まれて初めて、自分を守らないで手を伸ばしてつかみたいと思った人。
そんな相手もう二度と出てこないと思う。
最初は俺の歌、聞いていないで冷静に分析してるみたいな上条さんにムカついた。だけど本当は、ムカついたんじゃなくて……本当は振り向いて欲しくて聞いて欲しくて仕方がなかったんだと思う。
だけど。
――ソーヤは単なる臆病者だから。手に入らないってわかってるもの、頑張って掴もうなんて根性ない。初めから手に入らないから仕方がないって諦めて、それでも何とか生きていける位置を探すの。そうやって自分守って生きてきたからそれがクセになってるの。
クマちゃんに言われたみたいに、そうやって俺は自分守って生きてきたから、俺の歌を聞いていない上条さんを好きになったなんてコト、認めたくなくてムカつくってそんなふうに変換してきたんだきっと。だけど、そんなのもう止めにするって言ったんだよ、俺が自分で。
――せっかく気になる人、出来たんだから頑張ってみれば?
頑張ってみようって、駄目人間の最初の一歩、踏みそうって思ったんだ。
ふられたからって、それ止めにするのか?
まだ告白もしてないのに。告白する前に牽制されたくらいで。
止めるのか?
自分から諦めるのか俺は。
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