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「ええとね、羽鳥先輩。歌ってる時って何考えてますか?」
とりあえず、聞いてみる。俳優ってことはさ、演技している時は役になりきって歌っているはずだろ?そんな感じで演技も歌も同じだって思って歌えば何とかなる……かなあ?でも、歌って演技よりもっとずっと自分のナマの、なんて言うのかなあ?魂みたいなものがあからさまに出るカンジがする。演技で糊塗するんじゃ化けの皮剥がされちまう。だから、自分の気持ちこめて歌えば、下手でもそうやって歌えばそれなりに何かが通じると俺は思うんだけど。ほら、ちっさい子がさお母さんに手を引かれて歩いている時とか電車の中とかで無意味に歌ってることあるだろう?ああいう子供の歌って、すげえ感情わかるんだよね。下手だけどすげえ楽しそうに歌ってるとかってさ。伝わってくるモノ、あるはずなんだけど、だけど羽鳥先輩の歌は無感動無機質。何考えて歌ってんだろう?
「歌……っている時?」
「そう。役の気持ちになって歌ってるとか?」
「いや……そこまで器用に出来ればいいんだけどね。音程外さないようにってそれだけくらいしか……」
あ、そっか。俳優としてはプロだけど、歌手とかじゃないからなあ先輩。しかもこの疲れきった空気の中じゃなぁ……。がちがちになっちゃってるんだろうきっと。
どうしよう?気持ちこめて歌ってみて、なんて言葉はきっと誰かからもう言われていると思うんだけど、言われて理解するのと出来るようになるっていうのは違うよね。どう言ったら、羽鳥先輩が、羽鳥先輩の気持ちを込めて歌を歌えるのか、考えなきゃ。
だけど、何かを考えつくより先に、ホントふっとはるかさんの声が浮かんできた。
――気持ち、隠さないの。逃げないの。自分を守らないの。嘘歌わないの。愛しているの、ただそれだけ。ママはね、ずっとそう歌っていくの。大好きよ愛しているわって。
アイシテルと歌う俺のハハオヤ。
きっと、はるかさんの歌、聞いたら。そうしたら羽鳥先輩にも伝わるんだと思う。歌うってああいうことなんだよってさ。でもここにはるかさん呼ぶわけにもいかないしなぁ。一応あの人、世界の歌姫。しかも公演前。はるかさんに歌の指導してもらうとか、個人的にやってとか俺が頼めばしてくれるかもしれないけど……、そんなことしたらはるかさんの事務所サイドからクレーム来る、よな。っていうかはるかさんそろそろ事務所の人とかに連行されて行ってるんじゃないのかな?あの人が自分のスケジュール自分でしっかり管理してるとは思えない。えーと、今日帰ったらもうきっといないんだろうなあ……。あー、それにはるかさんに頼るんじゃなくて俺がなんとかするべきだよね、だって上条さんから頼まれたの俺だし。でも……、出来る、かな?俺に出来るかな?はるかさんみたいに伝わる歌、歌えるのかな。でも……だけど。
「すいません、俺、今から歌いますから曲流して下さい」
そう言って、俺は先輩の居るブースに入る。
はるかさんみたいに歌えるとは思わないけど、少しでもあんなふうに想いを歌に乗せること、出来ればいいと思う。うだうだ考えてるよりもやってみよう。
「先輩、ちょっと聞いてくれる?」
出来るかできないかじゃなくて、やる。届けって、歌で、叫ぶ。はるかさんがどこに居るのかわからない俺のチチオヤに向かって歌うみたいに。
俺は、俺の気持ち、そのままに歌う。伝えてみる。
気持ちを隠さないで。逃げないで。自分を守らない。嘘言わない誤魔化さない。
それで……愛しているって歌う。
「あ、ええと、私は向こうに行っていたほうがいいのかな?」
すごい覚悟込めて、俺は何もない空間を睨んでた。そしたら羽鳥先輩が気を使うみたいに問いかけてくれたけど。近くのほうが伝わると、思うんだよね。
「いいから、このまま俺の隣で俺の歌聞いてみて。……出来るかどうかわからないけど、やってみるから」
息を吸って吐いて、譜面を見る。一回聞いただけの曲でも譜面見ただけでも歌えることは歌える。音を外すことはない。
……いつもだったらね、俺はそんなふうに歌っていく。音、外さないで、ジャストのカウントで叫ぶみたいに歌って。
だけど、今は、そんなの気にしなかった。少しくらい音程外していい。だけど、気持ちだけはずらさない。ううん、違う。前のめりでもいい。気持ちのままに。
「……じゃ、音、流して下さい」
カラオケ的な前奏、聴いて。それで俺は歌いだした。
愛してる。
その気持ちだけ。気持ち隠さないで歌う。
思い切り、歌う。
はるかさんみたいに、好きな人に届けって。その気持ちだけを込めて。
――気持ち、隠さない。逃げない。自分を守らない。嘘は歌わない。だた好きだって、声を上げて叫ぶ。
俺の、本当の気持ち隠さないで。上条さんに届けって歌う。
胸の中にある気持ち、全部吐き出すんだ。
嫉妬、したよ。上条さんに当たり前みたいに微笑む仁科恭子に。
悲しかったよ。告白なんてする前に牽制してきた上条さんに。
自分の気持ちにさえ気がつかないできた自分に悔しかったりもしたよ。
ありのままの、自分。
空っぽとまでは言わないけど、小さい子供みたいな俺。
等身大の自分を、そのまま歌にする。
俺の、そのままが、届いて欲しい。
誰かに、じゃなくて上条さんに。
届け。
俺の気持ち、届いてよ。
ねえ、告白する前に牽制なんてしないで俺に言わせてよ。
アンタが、好きなんだよって。
叫ばせて、欲しかった。
言いたかったんだよ本当は。
全部、歌にして、解き放つ。
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