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上条さんのことがあったり、はるかさんに圧倒されたとかのせいだと思うけど、その夜も俺は眠れなかった。朝方になって昼になってようやく少し眠れるかなって思ったらメールの着信音がした。
ううううううう、って思いながらケイタイ見たら、上条さんからだった。
『悪い、ソーヤ。頼まれてくれないか?羽鳥が今度ドラマで歌うことになったんだがうまくいってねえんだ。ちょっと羽鳥に連絡して手伝ってやってくれ』
昨日のことなんかまるで無かったみたいに。
そんな文面のメール。
俺はそれをしばらく凝視して、それで『了解。引き受けるけど代わりに今度俺のお願い一回きいて』とだけ返信をした。で、即座に羽鳥先輩に電話掛けた。ホントに困ってるみたいな声がして、色々聞いて電話よりも会って話そうよってことになって。
それで俺は羽鳥先輩が缶詰めになってるスタジオに向かうことにした。

「おはようございます〜」
別に朝じゃないけどいろんな人に挨拶しながら俺は羽鳥先輩が居る第七スタジオのドアを開けた。ほとほと困ったみたいな羽鳥先輩が、水なんかをがぶ飲みしてて。ディレクターさんだかミキサーさんだがわかんないけど機材の前に二人くらい背中丸めて座ってた。その背中がすんごく暗い。そんでもってどんよりしてる。えーと?
「あー、宗谷君。ごめんね、泣きついちゃって」
はははは、と薄い笑いを羽鳥先輩は俺に向けた。羽鳥先輩のマネージャーの、関口さんも壁に寄りかかりながら腕組んで、そんでもって眉間に皺なんかよっていて。
スタジオの中の空気がもう、なんていうの?疲れきってる。そんでもってホント、困ってるカンジ。先輩の目の下なんて真っ黒で。顔が売りの俳優さんが、そんなことじゃ駄目でしょう。
「いーですよ、先輩の頼みならいくらでも聞きますけど、でも……」
「でも、なに?」
「ボーカルディレクションくらい、専門のっていうか俺なんかよりももっとプロの指導してくれる人とか居るじゃないですか?」
だって天下の俳優様。しかもテレビドラマの挿入歌を歌うっつーんだから、羽鳥先輩に歌え、以上!なんていう投げっぷりは無いでしょう?首かしげて見れば、やっぱり羽鳥先輩は薄く笑っていた。
「うーん、音階とるとか音外さないように歌うとかはねぇ、しごかれたし歌えるようになったんだけど」
「うん?それで何が問題?」
「私が歌ってもね。……感動が無いんだよね。困ったことに」
「へ?」
「ドラマで、私の役が歌って。それで主人公の女の子が感動して生きる気力を取り戻すって筋なんだけどねえ」
「はい」
「私の歌はどうにもこうにも無機質みたいでね、頭抱えたら上条さんが宗谷君に手伝ってもらえって言ってくれたんだよ」
それで、俺?ええと、まあそっちは置いておいて、えっとよくわかんないけど無機質な歌ってそれって何?
「わっかんねですけど、ええと、一回歌ってもらっていいですか羽鳥先輩」
うん、歌聞けば、どうすればいいのかわかるかもしれないし。
「あー……、そうだね。歌いましょうかね……」
よろりら、ってカンジで羽鳥先輩はブースに入って行って。
「じゃあすみません。最初から音出して下さい歌います」
セツナイ系のイントロが流れて、羽鳥先輩がそれに合わせて歌い出す。
うん、音は外してない。外してないけど……、何これのっぺりした声っていうか歌。カラオケでむやみやたらとシャウトしている若いおにーちゃんの怒鳴り声的な歌とかのほうが幾分かマシなような気がする。うーん、なんて例えればいいんだろう?美味しくもまずくもしょっぱくも甘くもない病人用のおかゆみたいなもの?曲は切ないのに、声が全然切なくない。苦しくも悲しくもなんともない。かと言って妙に嬉しいとかふざけてるとかでも無い。うーん、耳に残らない。見えていても視界に入らない。なんだこの存在感の無い歌は。ある意味すごいんですけど。
一応歌い終わって、マイクの前から退いた羽鳥先輩は俺に向かって「ははは」とか乾いた笑み浮かべてる、けど。
「えーと……」
マネージャー・関口さんもディレクターさんたちもみんなため息をついる。
お、重いんですけど空気が。
誰か何か言ってくれないかな?それともオレがコメントするべきなんでしょうか?困って周りを見渡せば関口さんが頭をがりがり掻いていた。
「どうすれば上手く歌えるかとかのレベルじゃないんだ……。音は外してないし、それなりに聞ける声ではあるが……。宗谷君、羽鳥の歌聞いてどう思ったかい?」
すみません何にも感じませんでした、とか。先輩が言った通りはい無機質ですね、とか。
……言えません、そんなこと。
「えーと……」
だから俺は言葉濁しておくしか無くて。
「ドラマの撮影は、先に別のシーンを撮ってもらっているんだが、そうそう時間ばかりかけられるものでもないし。録音したものを流すにしろこれではなあ……」
「あー……」
うん、困ってるのはよくわかった。俺がお手本的に歌ってもこれじゃ意味がない。ブレスとかのタイミングとかそういうものじゃなくて。技巧とか技術じゃなくて、伝わってくる感情とか感動が無いんだこの歌には。あー、どーっしよ?










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