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……なんだそりゃっ! すっごく愛しているっつーんならなんて今ここに、はるかさんの傍に居ないんだよ。俺、生まれてこのかた一度たりともチチオヤなんて見たこともねえですよっ!
「葵クンの名前もね、豊さんがつけてくれたのよ」
「あ、ああそうですか……」
にこーって本当に嬉しそうにはるかさんが笑う。あー、俺が赤ん坊の頃までは居たんかな?あ、違うさっきはるかさんが言ってた生まれる前に居なくなったってええとそれって失踪?なんかの事件とか事故とか病気とかなんか何ですか!?俺の父親って人について全部最初から最後まで包み隠さず事細かに詳細教えてよって迫ってみたんだけど。……無意味、だった。だってはるかさんは「ママ、よくわからないのよそーゆーの。葵クンが生まれるからってママが入院している間に豊さんに居なくなっちゃったの」って笑うだけ。……あーのーでーすーねー、はるかさん。それってすっげえショックとかなんかじゃないのか?結婚反対されてでも俺産んで、そしらたいきなり俺のチチオヤが居なくなっている?それって事故とか行方不明とかなんか絶対重大な理由があるんでしょう?はるかさん、ソイツのコト探さなかったのか?
「探したりしなかったの?」
「してもらったわよー。でもママは何にも出来ないし、葵クン生まれたばっかであたふたしてたしねー。だからその時のママのお友達とかええと、あの時マネージャーしてくれてたのは長田ちゃんだから、長田ちゃんに豊さん探してってお願いはしたわ」
「……あ、そう」
「でもねえ、わからないままなの。豊さんどこに行っちゃったのかしらねー?」
新聞の三面記事とかぐるぐる回る。身元不明の遺体が海から発見とか某所の樹海とか。
「んー、そのうち会えたらいいけど会えるかしらねえ」
……それでいいのかはるかさん。哀しいとかそんな感情全然浮かんでない顔。はるかさんてやっぱりどっかおかしいのかなあ……。それともこういうのがショックでおかしくなったとかなのか?
「いいのよ、どこかで豊さんが元気で幸せでいてくれればママはそれでいーの」
……死んでる可能性のほうが高くないか?失踪時に事故に巻き込まれてとか病気とか!単にはるかさんが捨てられただけかもしれないけどさ。いやでもちょっと待て。探してもらっても見つからなかった?それおかしくないか?はるかさんはともかく、はるかさんの歴代のマネージャーさんはすげえ有能だ。無能だったらきっと俺生きてない。多分、なんかあったんだ。俺の父親には。それで死んだとは限らないけど何かはるかさんがショック受けるようなこと、あったんだ。事故で植物人間状態とか、犯罪に巻き込まれて刑務所とか記憶喪失とか?わかんないけど、はるかさんに、知らせないようにってそういうこと、マネージャーの人が手を回したんだきっと。……でもまあ何があったにせよ、今現在生きているっていうのはどうかなあ?わからない。だって生きているとしても八十のじーさんだろ?少なくとも元気はつらつ健康じじいでは無いんじゃないのか?
「傍に居てくれれば嬉しいけど、居ても居なくても関係ないの。ママは豊さんが大好きなの。だから大好きよって世界中に叫ぶの」
「伝わんなくても歌い続けてんの?」
さすがにもうとっくに死んでるかもしれない相手に向けて歌っても無意味とか言えなくて、ちょっと意味をずらして聞いてみた。そしたらはるかさんは驚いたみたいに俺を見た。
「伝わるのって、そんなの重要なの?」
「だって好きって気持ちだろ?相手に伝わらないと意味なんてない……」
俺の気持ちは、伝わらなかった。
いや、俺が自覚する前に、先手打たれて断られた。
好きだなんて言っても無駄。気持ちなんて通じない。苦しくて忘れようとして、胸の中暗くて重い感情が渦巻いて。
「ママは、好きよ。豊さん。一生ずっと愛してる。それだけじゃいけないの?」
「へ?」
「豊さんの気持ちはママにはわからないわ。居なくなっちゃったわけも知らないし原因も分からない。葵クンがなんでそんなに辛そうな顔してるのかも知らない。ママはただ好きなだけ。それで充分じゃないの?」
「だってはるかさん。好きだなんて歌っても、伝えても無意味じゃ……」
「どーして?」
「どうしてって……」
一方通行の想い抱えてそれでいいっての?辛くないのかよはるかさんは。
「ああ、そっか。葵クンは見返りとか欲しい人?愛してるから愛し返して欲しい人?」
心臓にチクっと針みたいなものが刺さったような気がして。俺は思わず胸を押さえた。
「うん、それならわかる。そうね好きだって言ったら好きって思ってくれたら嬉しいかもね。でも豊さん、どこに居るのかわからないから。ママは大きな声で歌うしかないでしょう?」
「はるか、さん……」
「だからね、届きますようにって願いを込めて大好きよって歌い続けるけど、届くかどうかはしらないわ」
「それでいいの?他の人を、はるかさんを愛してくれる人探そうとか思わないの?」
「ママはね豊さんを好きなだけで幸せよ。他の人なんていらないわ」
コドモみたいな顔で微笑んで。それから俺に背を向けて。
はるかさんはまたジュリエットに戻ってた。
歌う、歌い続ける本物の歌。
好き、大好き、愛してる。
どこに居ようともこの気持ちは変わらない。会えなくてもいいの、大好きよ。
そう歌う俺のハハオヤ。
……強い、女だなこの人。
隠さない。誤魔化さない。逃げない。俯かない。それで純粋に好きなままで歌い続けて。
――気持ち、隠さないの。逃げないの。自分を守らないの。嘘歌わないの。愛しているの、ただそれだけ。
本当にそれだけなんだはるかさんは。相手からの見返りなんてそんなのしらない。生死不明だろうと傍にいようとなんだろうときっとはるかさんの気持ちは不変のもの。
ただひたすら好きなだけ。
すげえ、な。本当に。
俺ははるかさんと歌に圧倒されながら、ひたすらに考えていた。
……俺は、どうなんだろうってさ。
はるかさんみたいに、誰かのことをこんなふうに思い続けられるのだろうか。
それとも今までの俺みたいに、当たり障りのないオツキアイでやり過ごす人生送るんだろうか。

……わから、ない。考えても考えても考えても、俺がどうしたいのかなんて見えなかった。
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