▼32

だから毎日毎日。俺は歌いまくってた。クマちゃんもギターめちゃめちゃ鬼のように弾きまくって。自分達の音楽に浸りきってそれ以外何にも考えてなかった。歌って、併せて、音をどんどん進化させた。プロモのコンテとか見てすごいかっこいいのが仕上がりそうで、すっげえ期待した。完成したら動画サイトとかにアップして、それで上手くいったらどっかの企業さんとかにスポンサーになってもらったりなんかのCMとかに使ってもらったりしてどっかんどっかん売りまくるって……まあ、夢物語っていうか大言壮語みたいなこと、上条さん言ってるけど。……あの人のことだからそれ、ホントに実現させちゃうんだろうな。少ない投資で最大の利益を、ってなんかすごいコト言ってる。でも、出来ないこと、言う人じゃないから。これで売れなかったらそもそもの俺達の歌が世の中に通じないってことなんだろうなって。うん、だから、魂込めて俺は歌う。
届きますように。
響きますように。
俺の心が誰かに届きますように。願いを込めて。
それから……出来ることなら上条さんに届きますようにって。
で、順調に進んでいきかけたプロモの撮影が一つだけどうしても上手くいかないことがあった。絵の中から飛び出てくる女の子の役をやってくれる人が見つからない。上条さんのツテとかでね、やりたいとかやってもいいとか言ってくれる女優さんとかモデルさんとかは結構いたんだけど……。他にもノーギャラでも話題になりそうだから使ってくれって新人モデルさんとか新人アイドルサンの売り込みとかも結構あった。でもイメージが違う。
可愛いとかきれいな人ならね、芸能界ですからとうぜんたくさん居る。それこそ見飽きるくらいいる。だけど、欲しいのは透明感。絵の中から浮かび上がるような存在感なんだ。顔の造作が整ってるとかじゃなくてなんていうんだろう。目が、引きつけられるようなカンジが欲しいんだ。
あーとか言っても仁科恭子みたいなカンジじゃない。こっち見ろっ!的な強い吸引力じゃなくてなんて言ったらいいのかなあ、気がついたら見てた、見たらもう目が離せなくなってたみたいなカンジかな?だからあの人は、違う。まあ、あの人なんて冗談でも使いたくないっていう俺のなんつうかプライドみたいなものもあるとか俺達の歌のイメージじゃないとか色々あるけどそれだけじゃなくて、単純に、気持ち的に、俺が嫌。
思わず抱きしめたくなる儚げなカンジなんだけど、芯には強さがあるっていうか……、なんかすっごいワガママ言ってるなあ。誰か適当に頼んで画像修整とかなんか手を入れてみたりとかしてみたほうがいいのかな?でもそうやって手を入れたものには引きつけられるような輝きはないと俺は思っちゃうんだよね。そんな状態なんで提供される写真とか履歴書とか動画とか、目が痛くなるくらい山ほど見て、もう誰でもいいってワケじゃないけどさすがにある程度の妥協とかも必要かなって思い始めてきたんだけど、さ。それもどーかなって繰り返しのループ。さすがの上条さんも苦虫潰して低く唸ってる。スタッフ総出で円陣組んでむっつり黙って毎度お馴染みの住吉さんのライブハウスのステージの、磨きこんだ床に座り込んで空気が重い。
ギター抱えてるクマちゃんも、ドラムのスティックかじってる一之瀬もみんなして眉間に皺寄せて背中丸めてるし。
「えーと、クマ、あれだ。オマエ一応オンナなんだから、友達とかいねえのか?」
八方ふさがり極まれりなのか上条さんがクマちゃんに言った。うわぁ、って俺は思って、でも俺がなんか取りなす前に速攻クマちゃんがおっそろしい形相になって上条さんを睨む。
「アタシの友達なんてソーヤしか居ないわよっ!あとイチとヤスさんて素晴らしきバンドのメンバー様くらいしかねっ!知ってんでしょう上条さん、アタシに喧嘩売ってんの!?」
……あー、クマちゃん、どうどうどう落ち着いて。上条さんは「すまん、クマ」とかもごもご言って、今度は一之瀬を見た。
「一之瀬の昔のバイト先とかで女の子は……いねえか」
一、二、三、とカウント取るみたいな合間があって、それからどんよりと一之瀬が言う。
「すんません、バイト、山ほどやってましたけど。ガテン系ばっかなんでねー。女の子もいましたっけど、すげえ体力自慢の体育会系ばっかすよ?儚さなんて欠片も無いっす」
「あー……、ヤス、は?」
「俺、女の子に興味無いですから」
もちろん男にも興味無いですけど、とヤスさんは淡々と語った。人間にあんまり興味向かない人に聞いてもな……。ヤスさんは音符とアレンジ以外に情熱向けないし。
……っていうか、俺達のバンド、ほんと友達いない系ばっかり。真っ当なの一之瀬くらい?いちおう今までのバイト各種遍歴上での付き合いコンパだの飲み会だのはあるらしい。よく知らないけど。でもその一之瀬も最近は音楽の仕事ばっかで、元バイトの同僚さんとかの飲み会のお誘いも断る一方で疎遠になってきてるらしいし。友達、少ないんだよね俺ら。……ダメ人間の巣窟かここは。いや別に友達なんて少なくても生きては行けるけど。
仕方がないとばかりに上条さんは関口さんを見る。
「あのな、上条。俺もオマエも大して人脈変わらんだろう。同じ会社で同じような部署で働いてんだから。しかもほぼ同期」
上条さんが聞く前に関口さんは早口に答えを口にした。それでも藁にもすがるってカンジに上条さんは引き下がらない。
「いやほら。業界関係者じゃなくてだ。あー、と。例えば……、羽鳥のファンの女の子とかでいねえか?あー、羽鳥のファンクラブの会報とか用にファンの写真、結構撮ったりしてんだろ?それちこっと借り受けていいか?その中にもしかしたらコレっていうカンジのがいるかも……」
「写真自体は山ほどあるが……。あまり期待しないほうがいいんじゃないか?」
「……そーだな」
空気が重い。マジ重い。
「もうこれはアレだ。素人でもいいからイメージ優先。いっそオレが渋谷だとか表参道だとか行ってイメージに会うヤツスカウトしてくるしかねえのかもなあ……」
とかなんとか言ってるけど。
「あの、さ。上条さん。言っとくけどガタイのよすぎるおっさんにスカウトされても怖がって逃げちゃうんじゃないの?」
「……ソーヤ、おまえなあ」
「それに、そんなところにテキトーにイメージ通りの人、居るくらいなら今こんなに苦労してないと思う」
「……そりゃそうだな」
「地道に探すしかないとか思うけど。……ええと、あ、そーだ。羽鳥先輩の知り合いの人とか居ないですか?儚いカンジの女の子。先輩の友達とか、先輩の親戚の人とか誰か」
例えば羽鳥先輩の親戚とかの女の子いたら。先輩に似てるカンジとかの女の子だったらどうかなって俺は思ったんだけど。それで羽鳥先輩に話を振ってみたけど、先輩は俺の言葉なんか聞いてるんだか聞いてないんだか、ぼんやりとなんか柔らかい目で携帯の画面見てるだけ。
「はーとーりーせんぱーい。きーてますー?」
返事はない。珍しいなあ。どんよりしてる俺達の中で先輩だけがなんか違くて。
なので、「せーんーぱーいー?」って呼びながら、俺は羽鳥先輩に背後から抱きついた。
「聞いてます?先輩?」
スポンサード リンク