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羽鳥先輩の恋人サンの腕を勝手にぐいぐい引っ張って、恋人サンを楽屋へと連れ込んだ。
「ごめんなー、バタバタしてて」
楽屋にいくつか置いてあるパイプ椅子の一つに座りながら、俺はごめんねと恋人サンに頭を下げる。言葉通りバタバタしててごめんっていう意味と……、勝手に一方的に嫉妬っぽいこと思ってゴメンって意味を両方こめて。
「いいえ、っていうかあのその……おれ、何が何だかよくわかってなくて」
手にした衣装とウイッグ、ぎゅっと抱きしめて。そんでもって所在無さ気に佇んでる。警戒してるカンジ、かなあ?そりゃあそうか。いきなりこんなところ連れてこられて初対面の俺と二人っきり。羽鳥先輩も仕事だからって切り替えちゃったし。ええと、俺と先輩はだいぶ仲良しさんになったけど、この子にしてみたら……見知らぬ他人で、自分の恋人である羽鳥先輩となんか知らないけど仲良さそうとか思ったら……うーん、そう簡単に打ち解けてはくれないかええと……。人見知りとかもしそうなカンジの子だし。ええとー。
「こ……じゃないや、ええと、ナツメ君?は、学生だっけ?ライブハウスとか撮影とか縁のない生活?」
とりあえず、黙ってないで話しかける。
「はい……」
う、もうちっとなんかリアクションしてくれると嬉しいんだけどー。でも頑張れ俺!途方にくれた顔で突っ立ったまま、身体硬くして警戒してる。そんなままじゃプロも協力なんて無理だろう!
「俺は、俺達のバンドはね、今までここのライブハウスとかでインディーズでライブやったりCD出したりって、つまり俺達は地道に歌い続けてきたんだよ。そんで今回上条さんに発掘されてさ、めでたくメジャーデビューのはずだったんだけど……」
も、今までの経緯、簡略に告げる。
「はず、なんですか?じゃあ今回の撮影って?」
お、マトモな返答!よし、続けろ俺!なるべくにこにことしてゆっくりと話そっと。
「うん、それがさー。上条さんの事務所のイチオシの大型新人てのが今月デビューするって決まっちゃって、俺達はまた次の機会にデビューしましょってね、延期になって。まあそれでも俺はいいんだけど」
いつか、絶対に。俺達はプロになる。今じゃなくても、いつか、必ず。
だって俺、一生歌を歌って生きていくつもりだからね。
ああ、つもり、じゃないや。歌以外にやりたいこと、無いし。
三つ子の魂百まで、じゃないけどさ。
乳幼児の頃から三度の飯よりも歌に魅かれていたんだよ俺。
具合悪くても、熱とかあっても。ご飯とか薬くれとかじゃなくてはるかさんの歌聞いていたかったんだよ。
聞くだけじゃなくて、自分で歌っちまったんだよ。
だから、一生。俺は歌と共に生きる。
そう決めてるんだ。だから今の、このタイミングじゃなくても、俺的にはいつか必ず、なんだけどね。
「延期……なんですか?」
「……上条さん、せっかちでさ。俺達とっととメジャーデビューさせたいってキレちゃって。事務所の社長と喧嘩したみたいでね」
上条さんは約束してくれたから。俺の歌、この世の中に出してやるって。
だから、俺は全力で歌う。
届きますように。
それだけを願って。
「え、ええと……」
「うんそれで『事務所がやらねえんならオレが勝手に売るから見てやがれっ』ってさ。いい歳した大人なのにねぇ、馬鹿みたいでしょうあの人」
それ、嬉しかったんだ俺。
俺の恋心は通じなくても。俺の歌、上条さんが売り出してくれるって思ったってことはさ、俺の……俺達の歌のコトだけでも真剣に考えてくれたってことだろう。
いつか歌だけじゃなくて俺の全部が届いて欲しいと思うけど。歌も俺だから。
俺の中から生まれた歌。
歌は俺だし、俺は歌だし。
一生歌って生きる。
届いても届かなくても、いつまでも届きますようにって願いながら。
「プロモ作って動画サイト流してそっからどっかの企業に売り込んでCMタイアップぐらい勝手に取ってきてやるから見て居やがれって。事務所の社長と喧嘩して、社長もねえ『そんなの勝手にやって万が一売れたら事務所的には元手無しで儲かるからラッキー勝手にやれ上条』ってさあ……。ホントいい加減でしょこの業界。で、ね。上条さん本気出して個人的なツテ総動員で。羽鳥先輩のマネージャーさんとかと仲いいらしくて俺達のライブ二人でよく来てくれてて、そんで羽鳥先輩も引っ張ってきちゃったし、柿崎さんって人もふだんは舞台美術とかやってる人らしいんだけど、そんな感じでいろんな人に出世払いのノーギャラでとかいって上手いこと言って各方面の一流の皆さま引っ張ってきちゃって。皆さまもねえ、ギャラなんて一円もでない上に俺達みたいな新人バンド売るために半分面白がって半分上条さんへの恩返しみたいな感じで参加してくれちゃって。まーすげえ俺達恵まれてるなーって状態で」
「は、はあ……」
ベラベラ、喋りすぎたかな。わかるっていうよりも、恋人サンはなんか目を白黒させてきた。えーと、そろそろまとめるか。
「なもんで、今回の撮影しだいなんだ。俺達のバンドの未来は」
目に力を込めて、恋人サンを見た後。協力よろしくって意味を込めて頭を下げた。
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