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「声がでなくなっても俺は歌うし。ああ、物理的に音声は出なくても、ベースだってギターだってピアノだって何でもある。俺の身体から、俺の魂からも音楽ってやつが無くなるってことは無いよ。指が動かなくても、身体が動かなくなっても歌を選ぶ。音楽を、選ぶんだ。本能で、さ。だって俺、乳幼児の頃からミルク飲ませろだのオムツ変えてだのってコトよりもはるかさんの歌、選んじまってたんだよ?熱出して死にそうになって、本当に生命の危機って時でも病院だの薬だのって言うんじゃなくて歌いたい歌が聞きたいとか言っていたんだよ?生まれてからずっと、何よりも俺は音楽を優先してきたんだ。俺には音楽が最優先。血とか魂とかと同義だよ。そんな俺から歌が無くなるなんてありえない」
まあ、ちょっとさっき。心がカラカラに乾いて死にそうになったけど。それは、内緒。いや、きっと、空っぽになってもそのうちいつか。きっと俺は歌いだしたはず。
溢れる気持ち。辛いのも悲しいのも苦しいのも全部。
壊れたなら壊れた心で。
空っぽで何も無くなってもきっと。歌いだしたはず。砂漠の砂みたいな歌になるかもだけど。
そのままの俺の気持ちが、俺の口から身体から、出ていけばそれは歌になる。
あ、なんかはるかさんの言葉思い出した。
気持ち、隠さないの。逃げないの。自分を守らないの。嘘歌わないの。愛しているの、ただそれだけっていうはるかさん。
真っ黒でも真っ白でも空っぽでも満ち足りていても。きっと歌うよ俺はね。
はるかさんみたいに純粋な気持ちだけっていうのは俺には無理かもしれないけど。
もっと俺は不純かもだけど。好きでアイシテルだけの歌は無理かもだけど。
ナツ君とか羽鳥先輩とかのこと、羨ましいとか思ったりした。
仁科恭子のことは腸煮えくりかえるくらい嫉妬とかもした。
やっぱり上条さんに執着しちゃうし。
さっき、カラカラに乾いて投げやりになったし。
そんで上条さんの言葉一つで、復活しちゃうし。
そういうのも全部俺だし。
そういうのも全部俺は歌にするし。
汚くても綺麗じゃなくてもありのままの俺が俺の歌。
俺の気持ちが俺の歌。
歌が俺から無くなるなんてありえない。
深呼吸して、もう一度、俺は上条さんに向き直る。
目なんか逸らす必要がない。
例えば銃を手に、引き鉄をひく。
例えば手にした刀を思い切り振りおろす。
容赦なく。不退転の意志で。
その強さを、瞳に込める。
「上条さんが好きだよ」
全身で言う。
退路なんてなくていい。
「こういうのが、俺。で、さ。もう一回聞くよ?……上条さん俺のコト好き?」
わからねえ、って返事が返ってくるかもとかちょっと思った。
好きだって答えてくれないかなってちょっと期待した。
だけど。上条さんの返事はそれのどっちでもなくて。
すごい勢いで俺の腕を掴まれた。
痛いっていう間もなく、そのまま抱き寄せられて。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて息が出来ないくらいなんだけど。
「か、みじょうさ……」
抱きしめられるのは嬉しいけどちょっと腕の力緩めてって言おうと思った瞬間に降ってきたのは笑い声。
笑ってる。上条さんが。
えっと、何で笑うんだ?俺、なんか変なこととか言ったっけ?
疑問、ぶつけてもよかったんだけど。上条さんが笑い続けてるから。そんでもって腕の中、苦しいけどちょっとえーっとあれだ。嬉しかったりするから。
だからそのまま俺は上条さんの笑い声聞いたままでいた。
「……まいった。負けた。オレの完敗だ」
しばらくしてから負けっていうクセに、すごーくなんかこう楽しそうに上条さんが言ってきた。楽しそう……だけじゃないなこれ。ええと、苦笑とすごい楽しそうなのがブレンドされてるような笑い声だ。それから、仕方がないなっていうふうに身体の力抜いてきてるカンジもあるし。
でも……さっきまでのカンジと全然違った。俺の顔、覗き込んできた上条さんの目がすごくなんて言うのか、こう……優しい?
あー……、マズイな。こんな顔されたらますます惚れる。
ドキドキしてくるんですけどえーと、どうしよう。俺の顔、きっと今めちゃくちゃ赤い。
顔とか背けよっかなどうしようかな。でも俺の気持ち、今更隠してもなあとかとか。
思っているうちに顔が。
いや、俺のじゃなくて上条さんの顔が。
ち、近づいてきてるんですけどあれそのなんで?
「え、えと、か、かみじょ……さ、」
なんかこう黙っているのもあれで、せめて名前ぐらい呼ぼうかと思ったんだけど。
名前なんか途中で呼べなくなって俺は硬直。
すっと、何かが触れた。俺の口に。唇に。ほんの一瞬だけ。でも確実に。
……今の何。
触れた、んだけど。
柔らかくない、渇いた唇が、俺に。
ほら、唇あれた時とか女の子だったらリップクリームとか塗るんだろうけど、そんなの塗らないで舌とかで唇濡らしているうちになんかこう段々乾いていったとか、なんかそういう唇の感触が。
……なんてボケてる場合じゃないいいいいいい。
今、上条さんが、上条さんから、俺に、触れてきた。
そんな文章頭の中で組み立てても、現実感なんてなくて。ただ俺は馬鹿みたいにぽかんて顔で、上条さん見上げて。
「ソーヤ」
名前。俺の名前を上条さんの呼ばれても
見上げてるうちにまた、上条さんが近付いてきても。
動けなくて。そのまま。
「……んっ、」
二度か三度か、軽く啄むみたいに俺の唇を撫でて。それから、それ、から……。
息つく暇なんか無いくらい、深く深く貪られて俺は必死になって手を伸ばして、上条さんの背中にしがみついた。




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