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違うんだ。
それだけは聞いて。ちゃんと聞いてよ。違う人だよ。俺と彼女は。
「仁科恭子はさ、女優の自分と個人の自分を二つに分けて考えてたんだろ?それで、才能なんか全然関係ない個人の自分の方を見て欲しかったんだろ?女優辞めて専業主婦とかになったんでもさ、好きだって思ってくれてるって確証が欲しかったんだよね。肩書きとか何にも無い、単なる仁科恭子個人を上条さんに好きって言って欲しかった……。違う?」
「ああ……。多分、な……。そんでもってオレはそれに答えられなかった。……未だに引きずってる」
歯切れの悪い上条さん。ため息が、ものすごく重たい。
「恭子の時と同じことを繰り返すことになる。お前に対しても、な……」
仁科恭子の事、それだけ重かったんだ。後悔とかものすごく、し続けて。
それでも俺の歌が。そんな上条さんの心のどこかに引っかかった。
俺の歌は、歌だけはきっと……仁科恭子の事、上回ることができたんだ。
歌、だけ。
だから、問答無用で俺に手を伸ばすってことができないんだ。
同じことを繰り返すことになるって今上条さんは俺に言った。
俺個人を好きかどうかわからないって言った。
俺が、仁科恭子のように、歌と俺とどっちが大事とか聞いて、それでそれに答えられない上条さんから離れていくって上条さんはそう思ってる。そうなるんだったら最初から手を伸ばさないほうがいい……。
ねえ、それってさ。上条さんは俺が上条さんの傍から離れていくの嫌だって思ってるってことじゃないのかな?俺の勝手な希望的観測?
仁科恭子と同じようなこと、俺からもされるの耐えられないから牽制して先に俺のことを上条さんのほうから突き放す気でいるの?
……だったら俺、上条さんに言いたいことあるんだけど。
「歌には魅かれた。だけどそれ以上はわからない。……抱いてもわからねえんだから仕方がねえだろ。……さっきも言ったな。同じこと繰り返す前に、オレみたいな気持ちをお前にも引きずらせないためにも……傷になる前に離れちまった方がいい」
臆病だよなって責めるのは簡単だけど。
離れるほうが俺のためって考えてくれたとか、良い方に考えてもいいんだろうけど。
もしも、間違わずに追いかけられたら……上条さんが手に入る、かもしれない。
心臓が、跳ねた。
落ちつけ俺。焦るな俺。
ゆっくり慎重に呼吸して。
ゆっくり手を伸ばす。考えながら言う。
「ねえ、上条さん。俺も今、言っただろ。俺と仁科恭子は違うって。歌と俺の二択なんて迫らないし、そもそもそんなの分けて考えることじゃないだろ?」
どっちかって言うと俺は少数派なんだろうか?
それとも上条さんが本気で愛して本気でわかんなくなって気持ち引きずった相手が女優って職業の仁科恭子だったのが運が悪かったんだろうか。
女優のアタシとアタシ個人のどっちが好き?とか二択を迫る。
ああ、そうそうクマちゃんの歴代のカレシとかもそうだったよな。
二つに一つどっちか選べってさ。ギターと俺とどっち優先するんだよってさ。クマちゃんの答えはいつも同じ。ギターとアタシの魂は不可分。そう言ってカレシの方を切り捨てちまう。そんなこと言わなきゃずっとカレシの人はクマちゃんに愛されていたんだろうに。
もしかしたらそういう仁科恭子とかクマちゃんのカレシの人とかのほうが一般的なのかもしれないけど。でも俺はそんなのしらないし。俺の大事な人とかはみんな裏も表も無いし。
はるかさんなんてその最たるものだろ。
好きな人は一人。それ以上もそれ以下も無い。いなくなっても好きなまま。不動の心。
俺はそのはるかさんの息子なんです。
上条さんに魅かれた。それだけ。それ以上は何にも無い。
「分けること、出来ないよ。俺と歌は不可分だから」
分けられないモノ、無理矢理に分けて考えるから答えが出ないんだよ。
それ、知って欲しいんだけど。
俺は仁科恭子とは違うんだけど。
「俺は一生歌いたい。メジャーで歌うとか歌わないとかそういうことじゃなくて。歌って生きる生き物が俺。俺が俺である限り歌い続けれるんだよ。じーさんとかになって、死ぬ前の一瞬まで俺は歌ってる。切り離せないんだよ。わかる?上条さん」
「ソーヤ?」
「腹を空かせようが生命の危機だろうが何だろうが、歌う。歌うのが俺の存在意義。歌わない俺なんて俺じゃない。だから、だからね、仁科恭子と俺は違う。俺の歌と俺のどっちが好きかなんて聞いたりしない。そもそもそんな疑問は俺の中にはない」
そんな意味の無いこと、しない。
俺は歌で、歌は俺。
だから。
歌が好きなら、上条さんが俺の歌を好きだって言ってくれるなら。
思いちがいでもカンチガイでも俺のコト好きだってこととイコールだって思っちゃうからな。
「それにもう一つ。俺を好きな理由が俺の歌で何が悪いんだよ。美人だから好きだっていうのも、性格がいいからそこに惚れてってのもあるだろ?そんなの単なる人間の一側面。才能に惚れたっていうのが好きになったきっかけでいいじゃん。それの何が悪いんだよ。声が好きだの顔が好きだの性格が好きだのっていうのと何も変わんない。才能に魅かれた、だから好きになった。才能とその相手を切り離して考えなんて出来ない。当然だろ?美人に向かってさ、顔の美醜関係無しに惚れるって人いるかもしれないけど、顔から入って性格ごと好きになったってのこの世の中にはたっくさんあるだろうし。顔から好きになっても性格知って嫌いになったとかもあるだろうし。顔も才能も、同じように単なるきっかけだろ?女優の才能に惚れた。だから仁科恭子に惚れた。それの何が悪いんだよ。才能抜きに好きかどうかなんてそんなのわかるわけないじゃないか。だって最初のきっかけが、才能だったんだから。好きになったきっかけ無視して、個人の自分のどこが好きなんて、一側面だけクローズアップして答えろなんて言われても、そんなのわからないの当然じゃんか。上条さんは才能に惚れる人なんだから」
上条さんは真剣な目で俺を見てた。全身で、俺の言葉を聞いていた。俺も、目を逸らさない。射抜くみたいに真っ直ぐに見る。
届いてる、よね。俺の言葉。
俺の気持ちも。
伝わって欲しい。
「ソーヤは……、それでいいのか?いつか事故だの病気だので歌えなくなるかもしれねえんだぞ?そうなった時、オレは……オマエのコト、好きだなんて思えなくなるかもしれねえんだぞ?」
その理屈だとさ。顔に魅かれて好きになって、結婚したとかいう人とかはどうするんだろうな。美人の奥さんだって結婚して十年二十年三十年経ったら。美貌保ったままの人なんて少ないと思うけど。おばあちゃんとかになって顔に皺とか出来たら嫌いになるの?そんなことないだろう?そんなふうに反論もできるんだけどね。
まあでも言いたいのは別の事。

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