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「選べなかった。答えなんて出せなかった。女優の恭子に惚れてるのか。恭子個人だけ好きなのか……わからなくてな……」
そうだ、選べなかったのは上条さん。仁科恭子はきっとそれ、わかってた。
本気で上条さんが好きだから、わかったんだ。
上条さんは、才能に惚れる人。才能に目が眩んで、執着する人。
――女優の私が好きなのよね貴方は。私の女優の才能を愛しているのよわかってる?それに私だって同じよ。女優の私がいいの。大事なの。上条さんは私が女優としてやっていくのに必要な人。だからそろそろお別れするのがいいと思うのよ。
答えの出せない上条さんに、仁科恭子は自分から悪役買って出て、身を引いたんだろう。
そんなの言わなきゃ、きっと今でもずっと上条さんは仁科恭子の側に居た。
ああ、それとも許せなかったのかな?女優じゃない仁科恭子自身を好きだった言えない上条さんのことが。
わからない、けどね。
仁科恭子の気持ちなんか。
わかるのは俺のことだけ。
俺は、そういう上条さんだから、歌で俺に惹きつけることができればきっとずっと上条さんに俺の側に居てもらえるって思ったんだ。
恋愛感情じゃなくても。
歌だけでも、俺の歌だけでも俺に執着してもらえるって。
馬鹿だなあ俺。
ホント馬鹿だ。
歌だけでいいなんて思えるはずないだろ。
俺を好きになって欲しかったんじゃん。
馬鹿だなあホント。
でも、ね。歌と俺は不可分だから。魂でくっついちゃってるから。
仁科恭子みたいに、女優の自分と個人の自分のどっちが、なんてのは俺の場合は無いんだよ。
俺と歌は一つだから。
切り離せないものだから。
二択なんて不可能。無理。出来ない。
だから、歌を、好きになってもらえば、俺のことも好きになってもらえると思っちまったんだ。
馬鹿、だよな俺。言い方、間違えたことに今更気がついて、さ。
歌は俺で俺は歌。分けられないものだから、俺ごと歌を好きになって。歌ごと俺を好きになって。
そう言うべきだったんだ。
歌だけでいいよなんて、そんな態度取っててさ。馬鹿じゃねえか俺。
一つのものをわざわざ二つに分けて、それで片方だけでいいから好きになってさ、って。
片方好きになってくれたら、両方好きになってくれるのと同じだからさ、なんて。
勝手に、思いこんで。
ホント自分のコト、自分で分かって無い馬鹿だよな俺。
二十年以上も生きてきてるっていうのに、さ。
「選べなかった。恭子を。女優じゃない恭子を好きだとは言えなかった。わからなかった、どっちが好きなのかは……。女優じゃない、フツーの女になったらきっと別れてたと思う。きっと、多分な……でもわかんねえ、好きで居たかも知れないが、」
「そっか……」
せっかく仁科恭子がばっさり切ってくれたのに。未練っぽい気持ち、引きずっちゃったんだよねきっと。
俺だけじゃなく上条さんだけじゃなく。きっと誰でも。気持ち、引きずって生きてる。
仕方がないことなのかな。
気持ちが通じないのも。
自分でも自分のコトはっきり分からなんだしね。
だけど。
「恭子のコトだけじゃなくてオマエもそうだ」
「えっ!俺?」
「オマエの、歌に魅かれてるだけなのかそれとも……、オマエ自身に魅かれてるのか……わかんねえんだ。恭子の時と同じにな」
え、え、え?ええっと、それってどういう意味?
「抱いても、わからなかった」
えっとちょっと待って。上条さん今なに言ってるの?
「ホントにわかんねえんだよ。オマエの歌に魅かれて、オマエを好きだと思いこんで側に居続けるのは、出来る。だけど、そんなことすればまた恭子の時の繰り返しだ。いつかオマエにも言われるようになる。『俺の歌と俺とどっちが好きのか』ってな。『歌わなくなった俺の事でも好きだって言えるのか』ってな……。だから、傷つかないうちに離れるべきだろう……」
うっわ、ちょっと待って。待ってよ上条さん。
停止してた俺の思考、もう高速回転で再起動。
待って、ちょっと待って。それ今言ったことってそれって……。
「上条さん、俺の歌、好き?」
「ああ」
うわあ……。そんなのもっと早くに言ってよっ!言ってくれたら俺は……。あああああ、そんなの考えるのは後でいいっ!
「俺のことは好き……?」
「……多分、な」
あ、やばい。頭吹っ飛ぶ。多分でもなんでも好きだって。
や、でも吹っ飛んでる場合じゃない。考えろ考えろ考えろ。ここで間違ったら本当に上条さん俺の傍から居なくなる。
でも、ここで間違えなかったら……?
手に、入るかもしれない、この人が。
だって好きだって。
俺の歌が好きだって。
わからないって、言うのは俺が好きなのか嫌いなのかじゃなくて。
歌だけが、好きなのか。
それとも歌も俺も好きなのか。
それの区別がわからないってことだろ?
なら……、なら、さ。俺、嫌われてたり、鬱陶しがられてたんじゃないんじゃん。
上条さんが俺から離れるのって、俺のことが嫌いだからじゃなくて、このままだと仁科恭子の時とおんなじコト繰り返しちまうからってことじゃん。
ヤバイ、嬉しい。
嬉しがってる場合じゃないのに嬉しい。
俺のコト、どんなふうに好きかわからないから離れるってそれって逃げるんじゃんとかも思う。仁科恭子の時の失敗繰り返すかもだから、傷つかないうちに離れるって、それって臆病でズルイだけじゃんとかも。
そんな声もどっかから聞こえてくるけど。だけど。
強い女と違って男は弱いんです。
俺だって駄目駄目なんだよな……。
ダメダメだけど……でも、そんなの全部ふっ飛ばすくらい嬉しいんだ俺は。
上条さんに嫌われてなかった。鬱陶しがられてたんじゃなかった。
それだけで、ほっとする。
多分、て返事だったけど、一応俺の事も好きだってことも言ってくれたようなもんだよな。
だったら、俺、諦めなくていいじゃんか。
俺、上条さんのコト、好きなままでもいいじゃんか。
それに……、約束、破っていいよね?迫らない、って言ったけど、迫るくらいしても構わないよね?
わからないって上条さんが言うのなら、俺の気持ち、伝えてもいいよね?
息を思いっきり吸って吐く。深呼吸。どろどろしてた汚い気持ちは息と一緒に吐き出して、新しい空気を身体の中に入れる。
「上条さん」
言う。俺の気持ちを。
「俺はね、上条さんが好きだよ。アンタは俺が生まれて初めて執着した人なんだよ。諦めて、初めから手なんか伸ばさないでいた俺が生まれて初めて好きになって欲しいって自分から言った人なんだよ」
「ソーヤ……」
「でもね、上条さん。一つだけ勘違いしないで欲しい」
「勘違い?」
「そう。俺と仁科恭子は違う」
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