▼ ◇本編・1
「そろそろと言いますか、いい加減に嫁の一人でも迎えませんか?」
榊の、その言葉がおれにはどっかの知らない国の外国語に聞こえて仕方がなかった。
「……何?」
榊は手にしていた山ほどの書類を無造作に机の上に積み重ねる。
「こちらが見合い写真です。さすがに敷島家の長男である貴方との見合いですから、各方面から山ほど集まってきましたよ」
これ、山ほどの書類全部見合い写真?うわー、すっごい量なんだけど、こんなにお見合いする人大変だねー。なーんて軽口も叩けないほどおっそろしい顔を榊はしてる。真剣そのものの、顔。
「だから、何それ榊」
「貴方も適齢期とっくに過ぎているんですから結婚してください」
「やだ……」
「『やだ』じゃないですコドモみたいな断り方しないでください。貴方ももう37です。年相応の振る舞いをしていただきたいと常々言っているはずですが?」
「年なんてどうでも……。それにおれ結婚する気なんて……」
「それに独り身ですといつまで経っても貴方ものほほんとしてしまう上にあっという間に縁側でぼーっと背中丸めてお茶でも飲んでる独居老人の出来上がりです。今度の市議会議員選挙に、貴方も出馬するのですから、それまでにとは申しませんが、ご自身の足元を固めるつもりで一気に動いてしまったほうがいっそよろしいのではないかと僭越ながら考えまして、というよりもいい加減に身を固めてください」
「い、や、だ」
「美津喜様っ!」
「嫌だったら嫌だから。榊がそーゆーこと言うならおれ、家出するからね」
「美津喜様っ!!!」
さっさと立ち上がって財布だけ持っておれは家出を決行。
財布の中に現金は少ないけどカードあるし。
カードの中には都内で家を一軒や二軒買えるくらいの金額がある。当面の生活はだいじょーぶ。
こんなに金持ってて家出なんて言わないって?
あはははははは、そーだよねー。しかも37にもなって家出?馬鹿でしょとか言われそうだけど、まあおれは今まで一度も働いたことないし。一人暮らしとかも無い。身の周りのことだっていままでずううううううっと榊がしてくれていた。あ、榊はね、一応おれの秘書です。うーんと、選挙とか出て当選したらおれの秘書になる……ハズのすっごい優秀な人材なんだけど、おれ、政治家になんてなる気ない。むいてないのよーーーーーーーくわかってるし。大体ねえ、親が政治家だったらその息子も政治家になるべしってその考えが理解不能。百歩譲って息子が政治基盤継がないといけないっていうんならさー、別にだれでもいいでしょう?弟の陸斗がりっぱにチチオヤの跡を継いでるし。バンバン選挙でてばしばし当選してビシバシに政治動かしてる若手議員ナンバー1ですよ弟は。えらいね。選挙戦、お義理で出馬して当たり前だけど落選し続けてるおれとは違います。おれにはね、政治なんて無理無理無理。国民の皆さんの生活をなんて考える前にさあ、おれ一人で生きていけるスキルすらないんだよ?どーして政治家なんてなれるんだよ?うまれてこのかたずううううううううっとニートだもん。選挙戦に無理矢理出馬させられてる期間を除けば完全にヒキコモリです。
あ、一応書道だけしてる。ええとね、毛筆書写検定って知ってる?それの最上位の1級を取得してるから、一応公的に指導者として認定されてるんだよね。
だから、書道教室でも開いて、習字のセンセーになりたかったんだけどなあおれ。
周囲が、特に榊がおれに期待しているのは政治家になること。チチオヤの跡をしっかり継いで国政の場に出ること。
……無理だよね。おれ本人の性格とか適正とかと全然あってない。
だから、習字のセンセーになることも出来ずにウチで引きこもってずうううううっと習字の練習に励んでいるだけなんだよね。















スポンサード リンク