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働かないでも金持ちで、余裕かましているのには理由がある。
そう、おれのチチオヤ、敷島総一郎って政治家のおかげです。
この国の首相とかにはならなかったけど、政界を陰で操る黒幕とかキャッチフレーズついちゃってるんだよね笑えることに。
税金対策とかねー、二重三重帳簿なんてザラでしょきっと。じゃないとこーんな迎賓館クラスのお家なんて維持できるはずないじゃん。チチオヤ、政権維持と金儲けは他に類を見ないほどの天才だったし。ウチねえ、すっごいよ?明治時代にはやんごとなきお人をなんども泊めたこともある由緒ある建物だし。庭なんてねー、池泉回遊式庭園とかあって、それ名匠とか呼ばれる何代目かの小川治……なんとかさんの代表作とかでさ、近代日本庭園の傑作の一つとして雑誌とかに載っちゃうレベル。さっき榊がおれのコト縁側でぼーっと背中丸めてお茶でも飲んでる独居老人になるぞーとか言ってたど、その縁側なんてさ、全力疾走とかしてみても、端から端まで結構な距離あるし。
金には困らないのわかるでしょ?
働く必要なんてないんだよね。オヤの遺産食いつぶしてみてもまだ余るよ絶対に。この家だっておれが相続しちゃったんだよね。いらないっていうのに。っていうか陸斗にあげればよかったのに。あー、相続税?そんなもの榊が何とかしたみたい。この家相続できるくらいの税金払ってもまだあまりあるウチの資産。恐ろしいなあ……。いくつ隠し帳簿もってるんだろうおれのチチオヤは。あー、相続にあたって別荘とかいくつか売ったとか言ってたっけ。まあいいかそんなのは。でもねえ、この家なんてさっさと売ればいーんじゃないのかなーっておれは思う。だってもうこのウチにすんでるのっておれと、榊と、おれの弟の陸斗だけ。あ、陸斗の秘書の人達とか陸斗の後援会の人達とかがまあいつも泊まったりしているけど、基本的な住人は三人だけ。庭師とか出入りの業者とかはいっぱいいるけどね。二人いる姉さんたちはもうとっくに結婚してウチ出ているし。あー、あとねー、認知されてる弟が二人、いるんだよね。腹黒政治家のチチオヤには愛人さんもてんこ盛りでいらっしゃって、そのうちの二人だけ認知してるんだよね。ホントはもっといるんじゃないのかなーって思ってるけど。
まあ、いいや。とにかくそういうわけでおれは家出。
「どこに行こうかなあ……」
考えながら玄関までひたすらに歩く。玄関出るまでがこれまた長いんだよねこの家、不便。榊に簡単にばれないようなところがいいな。ホテルとか旅館とかは却下だろう。本名とかで宿泊したらすぐに見つかるだろうし。榊、ホントは優秀だしね。おれの、秘書なんてものに指名されたのが運のつき。弟の陸斗付きの秘書だったらその手腕、存分にふるっていただろうに。ごめんね。おれ、こんなやつで。
でもさ……。
暗くなりそうな思考をぶった切るみたいにして逃亡先を思いついた。
「あ、そーだ」
うん、絶対にばれない。あそこなら。
「省吾君の所に避難させてもらおう」
父親の葬儀にも来なかったけど、その時に住所とか電話番号とかはちゃんと確認してる。
まさか榊も、おれが父親の愛人の息子っていうか、おれの腹ちがいの弟の所に家出するとは思うまい。
足取り軽く、おれは省吾君のマンションを目指して行った。




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