短編小説 ロング・ラン
人生は、長い長い道のりである。そこで誰が誰より早く走ろうとも、
誰が誰を追い抜こうとも、
その先で何が起こるかは誰にもわからない。
あの子は、吹奏楽部だった。小学校時代からピアノを習い、中学校に入ったらフルートが吹きたいとずっと言っていた。
学校では真面目で、勉強を教えたり、ノートや教科書を貸したりする方だった。わたし専属の先生だったと言われても否定できない。
言われたことはきちんとこなす。わたしの言うことにも何も歯向かわないのだ。ちょっとびっくりするくらい。
「ねぇ、久美って好きな人いるの?」
沙耶はクールで、ゲーセンとかは似合わないのだけど、わたしの誘いならほぼ何でも付き合ってくれるいい人だった。ストレス発散のカラオケにも、嫌な顔せず付き合ってくれる。
ついこの間、一緒にファミレスでしゃべっていたらそんなことを聞かれたので、わたしはつまんなさそうに首をふった。
沙耶は何でも飾り気なく問う。
わたしの反応を見て、ふうんとあっさりと相槌をうってから、グラスのレモンティーをすすった。
ちょっと顔をあげて、沙耶の顔をながめる。一体、何を考えているんだろう?
「なに?」
まずい、見ちゃいけなかったかな、と何となく焦って首をふった。沙耶に見つめられると、どんなに小さな嘘でもばれそうな気がする。
千穂からそれを聞いたのは昨日だった。
「沙耶の彼氏って、どんな人なの?」
わたしは千穂の問いに驚きを隠せなかった。
「沙耶って、彼氏いたの?」
千穂のほうが意外そうに首をかしげていたので、わたしはちょっと嫌な気持ちだった。実際に校内で付き合っているカップルは何組か知っているけれど、どの女子もいつもメイクとかブランド物のバッグに興味津々の子ばかりで、沙耶のようないかにもおしとやかな子は見当たらなかった。
沙耶には、負けているけど、負けたくない面だってあった。
勉強は勝てないけど、オシャレの分野なら勝てる。
音楽の成績は勝てないけど、持久走のタイムなら勝てる。
プロポーションは勝てないけど、恋愛なら勝てる。
知らず知らずのうちに、わたしは沙耶に勝てる面ばかりを探して、無理矢理いいきかせていた。自分だって、と。
「・・・彼氏なんて、知らないよ」
わたしが答えると、千穂はクスッと笑って「ふてくされてる〜」とからかった。実際にふてくされているのは自覚していたし、言い返せなくて、余計に自分に腹が立った。
千穂は逆に落ち込むどころか興味津々のようで、
「沙耶から何か聞き出してみようよっ」
と何度もわたしにもちかけてきた。
千穂の誘いには、冗談半分ではのれなかった。
そうだ。あの沙耶が、わたしに負けてたりなんかしないんだ。
絶対にどこかで器用にこなしているんだ。
じゃあ、わたしは?
一時間目の始業5分前のチャイムが鳴った。沙耶がいつも通り教室にはいってきた。
「おはよう」
「おはよう」
沙耶はいつもまっすぐ下ろしている髪の毛を、高めの位置でお団子にしていた。見たことも無い姿に自分のテンションが下がっていくのが自分でも分かった。
「あーっ、オシャレしてる沙耶久しぶりにみたあ」
千穂の言葉に、沙耶はクスリと恥ずかしそうに笑った。
「せっかく髪が長いのにもったいないって親に言われて、無理矢理」
沙耶はいつまでもいつまでも自然体だった。
千穂は千穂で、いつまでも笑っていた。
わたしは生まれて初めて、他人じゃなくて、自分を好きになりたいと思った。
わたしは、わたしにしかなれないから。