田舎Dream 別章 守 の章
 妹――あおいの友達が入院しているのは結構大きな病院だったし、なんだか入るのをためらったけど、結局病室までついて行った。
 白いベッドに寝ていた愛菜という子は、体つきもあおいとほとんど変わらないし、背格好も似ていた。一見、病弱な子供には見えない。でも、彼女は現に入院しているのだから、どこかが悪いのだろうと思った。
 実際あおいとしゃべっているときに感じたけど、声はとてもか細かった。手も同様に細かった。そんなことに――彼女の一挙一動に、俺は何故か哀れんでしまっていた。可哀想だな、と思っていた。
 帰るときに一言「お大事に」と言ったとき、彼女は目を見開きながら、こちらを見つめていた。だけど、それからまた自分を叱っていた。
 入院している者を、俺は見下している。
 二度とここへ来ることはないだろうなと本気で思い込んでいた。


 でも何故か今、太陽の日差しの中を俺は自転車で病院へと向かっている。矛盾しているとは分かっても、なんだか謝りたいような、でも照れくさいような気持ちになっていた。
 普通、兄が妹の友達のお見舞いに一人で行くものだろうか?しかも、相手が男子ならまだしも二年後輩の女子なのに。
 クーラーのきいた病院に入ると、病室に着くまでに汗がひいていった。ノックを二回して、返事を確認してから中に入ると、あの時と同じ子がベットに身を起こしていた。
 あのベッドに入ったことはない。寝たこともない。部屋に入った途端、そんな俺が愛菜という子の見舞いに来るのは、やっぱおかしいんじゃないかなと思った。
「あおいの……お兄さんですよね?」
 愛菜がきいた。俺は、我にかえると「そうだ」とうなずいた。
「この間は、何か邪魔だったし、悪かったかなと思ってもう一度来たんだよ」
 少し緊張しながらもそういうと、愛菜は少しだけ微笑んだ。何度も繰り返される見舞いの者に、もう慣れてしまったというような笑みだった。
「すみません。ここの病院、辺鄙なとこにあるし……」
 どうして謝るのか不思議だったけど、それは深く追求しないことにした。俺はそんなに器用じゃないんだから。
「受験なのに、わざわざ?」
 愛菜にきかれて、家に放置してきた数学のドリルを思い出したが、今とりあえず病院に来たのは良かったと思ったので、
「別に、やることなかったから」と嘘をついた。
 二年後輩の妹の友達に嘘をつくのもどうかと、自分で思った。
「再来年までには絶対に退院するから、ってあおいに伝えといてください」
 にこやかにそういわれて、俺は黙り込んでしまった。
 それからもう話題を出すことが出来なくて、もう一度「お大事に」とだけ言って、早々に帰った。


「再来年までには絶対に退院するから」
 家に帰って、あおいを見つけるなり俺はそう言った。これで心置きなく勉強に集中できる。でもあおいはしつこい。振り返ってたずねてくる。
「え、愛菜の病院に行ったの?」
 目ざといな、と俺は一声あげたが、それ以上は言わなかった。
 言えなかった。
スポンサード リンク