その少年は、終幕を告げる その少年は、名乗らない
「悪いけどさ、俺らは無理。だって、お前はそういうのに関わっているんだろうけど、俺たちは無関係だ。第一、世界が終幕に向かっているのが本当だとしたら、とっくにニュースになってる」
 原沢はアイスコーヒーを一気飲みすると、少年を無視して立ち上がろうとする。優子は、原沢をどうしようか迷った。すると、先に少年が口を開いた。
「いずれニュースになりますよ。そうすればもう、止められない」
 幼い予言者。優子は彼を見つめて、話を聞こうと決めた。
「具体的には?」
 少年の表情はまだ硬かった。
 とりあえず優子は自分の名前を名乗り、立ったままの原沢を指差して「ハラサワ」と紹介した。少年はうつむいて、すこし思案するような顔をしてから、
「僕には名前がない。とりあえず、名前をつけてくれない?」
と持ち出した。後ろから見ていた原沢は、ちょっと鼻で笑ってから
「アイスコーヒーってのはどうだ。そんな小さな体して、どうして喫茶店の喫煙席でアイスコーヒー飲めるかねぇ」
 原沢がもう一度席に着いて、少年に迫りよった。
「お前、宇宙人か?」
 原沢の問いを無視して、少年は「もっと短い名前に」と促した。
 優子はしばらく考えてから、
「出来るだけ無難な名前がいいよ、君目立つから。んー……リク、ってのはどう?」
「リク、ですか」少年は、優子の考えた名前をもう一度言いなおした。
「『リク』というのに、深い意味でもあるの?」
 少年は初めて、子供らしい声を出してみせた。
 優子はそのことに少し微笑んでから、首を横に振った。
「でも、『リク』って顔してたから」
 少年は黙って聞いていた。原沢は「何じゃそりゃ」とため息をつく。
「名前なんてそんな簡単に決めていいのか?」
 少年は、うなずいた。「いいんです。じゃあ、僕のことはリクと呼んでください」
「リク、日本語できるんだよね?」
 優子の問いに、リクは軽くうなずいた。
「出来るけど、純粋な日本人ではないみたい。ひいお婆ちゃんに教えてもらった」
 リクは何者なのか分からないままだったが、名前をあげたことで何かしら親近感がわいた。優子は原沢のポケットからボールペンを抜いて、紙ナプキンに何かを書いた。
「遠藤 陸――」
 リクがその字を読み上げた。日本語としても完璧といえる自然な口調。やはり、リクは日本人の血を多く引いているのだろう。
「これ、あんたのフルネームね。私が考えてあげたんだから」
 リクは紙ナプキンを丁寧に折りたたみ、ズボンのポケットに入れると、頭を下げた。
「僕は、世界を"end"には持っていかないよ」
 遠藤陸が、静かに笑いながら言った。
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