▼口に広がる甘い味
 放課後の教室で浜田と二人きり、それはこれまでもたまにあることだった。あんまり部活が遅くならない日には浜田が教室で俺を待っているから、迎えに行ったとき少しだけ二人きりになる。

 「うっわ、チョコのにおいがすげーな」
「クラスの女子とか結構ここで食べてたしね」

 今日はバレンタインデーだというのに、一緒に帰る相手がこんなやつだなんて。つくづく自分は頭がいかれてるんじゃないかと思う。
 今日の戦利品はマネージャーからのとても義理とは見えない手作りチョコと、三橋や田島が女子からもらったお菓子がまわりまわって俺のところへ来たくらいだ、チョコにそこまで重きを置くわけではないけれど、もらえないと少し寂しい。

 「あ、そうだ」

 浜田はそういうといきなりカバンからピンクの包みの箱を出した。そんなに大きくはないが小さくもない。それをはいっと持たされた。

 「んだよ。お前が貰ったのか?」

 少しむっとする。いくら貰って嬉しかったからといって恋人に見せ付けることはないんじゃねえの。浜田は何を考えているのかにこにこと笑っている。浜田のこういう顔は嫌いだ、大人みたいに振舞って、全部分かってるみたいな顔は。

 「それ、俺が作ったチョコ」
「泉のために」

 そういえば、そうだ。それを理由に浜田を心の中で責めたくせに。恋人だから、好きあっているなら、チョコをあげったっていいはずだ。そんなことは男女がすることだと、男同士じゃしないものだと思い込んでいたから、浜田にチョコレートをあげようなんて少しも考えていなかった。

 浜田に促されて箱のふたを開けると、中にはバレンタインの定番とも言うべきトリュフが収められていた。その収め方は、なんというか浜田らしい。
 
 「なんでハート型なんだよ。ヤローにこんなことされても嬉しくねえよ」
「ひでー。折角こころを込めて作ったのに」
「浜田の心いり?くくっ、正直いらねー」
「そんなこといってもホントは嬉しいんでしょ」

 そう、すごく嬉しい。浜田になにも用意してないことが悔しくてたまらない。きっと浜田に何かやったら同じ気持ちになれただろうけど。

 俺はチョコを一粒つまんで口に入れた。さすが、浜田の作ったトリュフは口の中でほどけて、甘さを残して消えた。

 「どう。おいしい?」
「ん、食べるか」
「いや、俺は」

 言葉は途中で切れた。いや、切った。なぜなら浜田の唇には俺の唇が押し付けられているわけで。言葉を紡ぐための舌は俺の舌に絡め取られているから。

 チョコの甘さと残り香が浜田に伝わるよう、丁寧に歯茎を蹂躙していく。もう無理だと思って離れようとしたら、次は浜田がこっちに入ってきた。たぶんまだココアパウダーもチョコも残ってるだろう口内をゆっくりと撫でていく。たっぷり三分は味わっただろうその味は脳髄に刻み込まれた。

 「長いんだよ、このエロ浜田」
「何だよ。仕掛けてきたのは泉じゃん」
「俺はただ、なんか礼しなきゃと思っただけで」

 顔が火照ってきた。まだ二月で、もう生徒がいなくなってずいぶん経つこの教室は寒いはずなのに。

 「ありがとう」
「は?」
「お礼も十分もらったし、もう帰んないと」
「そーだな」

 浜田の言動が意味不明なのはいつものことだから気にせず流しておく。お礼を言わなきゃならないのは普通に考えれば俺の方だと思うけど。

 時計はもう夕飯の時間を示していて、でもお腹は全くといっていいほど空いていなかった。浜田の愛でお腹いっぱいだからか?やっぱり俺は頭がおかしい。

 「浜田っ」
「何」
「今日家寄れよ」
「分かった」

 でも今日はこのままでもいいかもしれない。

 Happy St. Valentine-day!





2007.2.14


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