▼隻眼ヤンキー冷凍オクラに出会う 6
夕目暗の中、元親は一人で家路を急いでいた。五月になり、学園内は入学当初より格段に落ち着いたが、部活などの関係でバタバタと過ごす日が増えていた。今日だって早く帰れると油断していたところに、一年の居残り練習などというものがあったので慌てて帰るはめになったのだ。

 宿題終わらねえだろ、元親は憤りを空中へと霧散させながらとっとっとと整った拍子で走る。街灯にはもう明かりがついていて、薄暗い中で弱いながらも存在を誇示している。空は赤に染まった部分がだんだん端へと沈んでいく。

 影の差す住宅街を通っていると前に人がいた。遠いので良く分からないのだが、どうやら元親と同じ学園の制服を着ているらしい。もう少し近付いてみると、前を歩くその人は元親の良く知る人に酷似していた。

 「元就・・・?」

 そう、まるで定規で測っているかのようにまっすぐとした歩き方に、肩の上で綺麗に切り揃えられた髪は正真正銘元就のものだった。どうしてここに?元親は元就の住所など知ってはいないが、元就がここに居ることに違和感を覚える理由がある。

 元親がまだかなり小さかった頃のこと、丁度この辺りに住んでいたことがある。その時とても仲のよかった友達の家がこのすぐ近くにあるのだ。勿論、元就がここら辺に住んでいたとしても全然おかしくないのだが、どうやら元就はどんどんその友達の家に近付いているようだ。

 あ、右に曲がった。元親は宿題のことなど綺麗さっぱり忘れて、元就のあとを追うことに夢中になっている。音を立てないようにそっと歩いている様は傍から見るととても怪しいものだ。

 声をかけようかと思ったりもしたが、近頃疎遠になっていることもあってためらわれた。元就とはかれこれもう一ヶ月は話していない。挨拶すら交わしていないのだ、元親が思うに元就が避けているようだった。そんな気まずい関係なんてすぐにでもぶち壊してしまいたいのだが、元就の友人に待っててくれと言われてしまったのでそれもできない。

 元親の我慢は日に日に限界へと近付いていく。それでも元親の部活をたまに覗きに来ている元就を見ると、少し苛立ちが治まるのだ。女々しいなと元親は自分で自分を笑うけども、やはりそれは真実だった。つまり、元親は元就の行動で一喜一憂しては振り回されているのである。

 いまだって、元就を追っているからとっぷりと日が暮れてしまった。しょうがねえ、元親は宿題を諦めた。明日政宗にでも見せてもらおうとお気楽なことを考える。それで英語の宿題は大丈夫だろう、それよりも数学が。頭の中でごちゃごちゃと意味のないことを考えながらも、足は自然と元就の通った道を辿っていく。

 まっすぐ行って左に曲がったところで元就の足が止まった。角から三番目の大きな日本風の家屋、それが元就の家であるらしかった。

 嘘だろ。元親は心の中でそっと、いや大音量で叫んだ。どくんどくん、心臓が早鐘のように鳴る。見間違えるはずがない、それは確かに元親が友達と遊んだ家だ。友達の顔も、家の場所もぼんやりとした記憶だが、忘れてはいない。だが彼は元就とは似ても似つかぬほど、笑顔の多い少年だったから、それが元就だったという事実はどうにも受け止めがたい。

 がちゃんと扉の閉まる音がした。その音で元親は現実に引き戻された。もう元就の姿はない。だが元親の頭の中では、少年と元就の顔がぐるぐると交互に浮かんでは沈んでいた。





元親、松寿丸=元就の図式に気付く?なかんじな五話でした。当初の予定とは少しずれ気味・・・。まあ軌道修正可能なくらいのずれなので気にしませんが。元親がなんか怪しい人になってしまった。まあいいか元親だし。

2006.12.02
スポンサード リンク