毒 -ポイズン- 1)
毒 -ポイズン- 極悪だと評判の山賊を退治に行ったらほんとうにタチが悪くて、成都に帰還したとき、趙雲には珍しいことに疲れきっていた。 主君への帰城の挨拶だけは怠るわけにはいかない。 劉備のもとに伺候すると、ちょうどそこには蜀を守護する将星たちがきらびやかに揃っていた。 劉備の右脇に諸葛亮、左側に張飛、それから星彩に黄忠、ややはなれたところに魏延という具合に。 趙雲は端麗な拱手をし、出陣の成果を報告する。 すなわち、山賊はひとりのこらず捕縛し、かれらが悪事をはたらく拠点としていた要塞は壊滅した、と。 劉備は、趙雲の肩を抱いて労をねぎらった。 諸葛亮は、知性がきらめく双眸を微笑のかたちに細めた。 趙雲の戦功をたたえぬものは無い。 劉備からは身体のことをいたわるありがたくもあたたかなお言葉をかけていただき、また「もう休むように」というお墨付きまで賜ったので、早々に自室に篭ることにする。 大広間を退室するとき、一将と目が合った。 彼は人の輪に加わらず、壁際に独りたたずんでいた。 彼と目が合ったとき、趙雲はいつものように、美麗な笑みを口もとに浮かべた。 将の反応は、別になにもなかった。 劉備の信頼あつく、武官としてそれなりの地位についているが、趙雲は自邸というものを所持していない。 妻のいない身であるし、武将として戦場に立つことはもちろん、劉備や諸葛亮の警護につくことも多い趙雲の日常は多忙であり不規則であり、邸を構える必要はあまり感じない。 どうせ寝に帰ることになるだけだ。 それならば、城内にあてがわれている私室で充分である。 自室に戻った趙雲は後ろ手に扉を閉め、息をついた。 具足を外し、武袍を脱ぎ、寝台に倒れこむ。 夢は見なかった。 |