束縛と自由で5のお題 1)動けない

束縛と自由で5のお題 1)動けない



雨の日の朝の肉食の獣は、とても怠惰であるそうだ。
なぜなら、視界がきかず鼻も利かない雨の日の狩りは、効率が悪い。毛が濡れそぼって動きがにぶくなる。消耗がはげしいわりに、成果にとぼしい。
であるならば、いっそ狩りをあきらめて惰眠をむさぼっていたほうが、腹もすかぬ。


雨の日の朝、私が一瞬動けないのは、だからそのせいである。
いっておくが、私が怠惰なのではない。
私は、雨だからといって惰眠をむさぼるほど悠長な性分ではないからだ。


馬超、と、しかし私は呼ぶのを躊躇する。
呼べば、彼は面倒くさそうにではあるが、身を起こす。
身を起こして、寝台から出て行ってしまう。
もともと彼は寝起きが悪い人間ではない。
むしろ、朝は私よりも早い。
そして彼は気配を立てない。
早朝、武人の私にさえも気づかないまま秘めやかに気配を消し、彼は寝台から消える。
目覚めた私の耳に入るのは彼の愛馬が力強く地を蹴る馬蹄の響きであり、手に触れるのは彼のぬくもりが僅かに残る敷布であり、流砂のごとく細かい光りの粒にような彼の気配の残影であるのだ。
雨の朝のみ、彼は私の閨房に留まる。
雨の日は、愛馬が遠駆けに行くのを嫌がる。ただそれだけの理由によって。
そしておもうまま惰眠をむさぼるのだ。



眠っていてさえも馬超の貌には険がある。しかしその険しさによって、かえってわかくみえる。
彼が年下であることにあらためて気づくのはこんなときだ。
尊大で傲岸、地位も身分も彼のほうが上なので、普段はあまり意識してはいないのだが。

あまり人にはなつかぬくせに、この男は人の体温が好きだ。
雨の日の朝、決まって彼の体躯は私の上にある。
桁外れの武技の持ち主だ。鍛え抜いた長身の体躯が、軽い筈はない。
だから私は動けない。
彼が目覚めるまで、動けないのだ。


<了>



お題配布元:Ewig wiederkehren様

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