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戦後-いくさのあと- 「・・・」 荒い息をつきながら身を起こした趙雲は、気だるいほどの充足感に包まれながら髪を掻き揚げ、片手をふいと顔上げて舌を伸ばし、指についた精を舐めとった。元の造作がこの上なく整っているゆえ、その仕草が異常なほど卑猥であることに、下で見ていた馬超は絶句した。 どこかぼうっとした表情の趙雲が、馬超を縛り付けた帯をほどく。身体がうまく動かない馬超は、せめてもと両眼に力をこめて睨みつけた。 「・・貴様・・・」 いいようにされた怒りは深い。これではまるで強姦ではないか。いやまさしく強姦である。 だいたい趙雲は、穏やかで忠義深い男ではなかったのか。身体の関係は初めてではないが、どちらかというと奥手で、初々しい反応をしめすのが趙雲なのだ。それが、この狼藉はなんなのか。 馬超の眼力を受けても、趙雲はうっとりと微笑んでいた。 「ああ、気持ち良かった・・・お前は良くはなかったのか、馬超?」 いけしゃあしゃあと聞いてくるのの返答のかわりに馬超は気怠い腕を持ち上げて解かれた帯を拾い、趙雲に向って投げつけた。絹の帯は軽やかに飛び、趙雲にまとわりつく。 攻撃としてまるで効果がないことに腹を立てた馬超は、帯飾りを取って投げつけた。金属を宝玉で飾ったそれは、趙雲の頬をかすんで飛んで行き、さすがに趙雲も顔をしかめる。それでも溜飲の下がらない馬超はそこらにあった陶製の器だの竹を編んだ書簡だのを矢継ぎ早に投げつける。どうせここは趙雲の幕舎であるので、備品が壊れたところで痛くも痒くもない。遠慮なく投げた。 「こ、こら、馬超!」 「こら、じゃあるかっ!!!」 うーん、と首をかしげた趙雲は、のうのうとのたまった。 「・・・まあ、あれだな。戦のあとは、血が滾るというか」 馬超の怒りは頂点に達した。 「では、つまりなにか!俺はお前のたぎった欲の、はけ口にされたわけか!!」 「いや、まさかそんなことは・・・あるかもしれないが、」 ウソがつけないというのは美点であるのかもしれないが、この場合完全に裏目に出た。 「く――っ・・この」 あまりの屈辱に馬超がついに剣に手をかける。 「待て」 趙雲はあわててその手をおさえた。 「馬超、悪かった。お前をあんなふうに扱うべきではなかった!私はどうかしていたらしい。許してくれ」 「許すか、阿呆!それに直れ、たたっ斬ってやるわっ!!」 「ま、待て、ちょ、―――馬超」 宿営地を見回りしていた劉備と諸葛亮は、血相をかえた兵士に呼び止められた。 「あ、あのっ―――趙将軍さまの幕舎からただならぬ罵声と物音が――ど、どどどうすればっ!?」 軍の総帥とその一の軍師は顔を見合わせ、 「放っておけばよいのではないか」 「放っておけばよろしいでしょう」 同時に、同じ結論を述べた。 「其方、あまり近寄るなよ。とばっちりを食らうぞ」 「そうそう。痴話喧嘩は犬も食わないと申しますし」 「う〜〜む、しかし夜の営みに対する見解の不一致は離婚の危機ともいうし・・・放っておいてはまずいか、孔明?」 君主の真面目な問いに軍師は扇の影でぷっと噴き出す。 「・・・いいえ、やはり放っておきましょう、わが君」 「そっか。それもそーだな」 その夜、夜半過ぎまでその幕舎での罵声と物音は続き、やがて静かになったそうだ。 <了> |