「やっぱり連絡がつかない……。」
ココとの約束の日から、2日たっていた。
ここは六つ星ホテル、ホテルグルメ内の最上階にあるレストラングルメ。
そのレストランの料理長を務める小松は、手に持った携帯電話をいじりながらまた一つ溜息をついた。
2日前、小松は四天王の一人ココと会う約束をし、彼の家族であるエンペラークロウのキッスで迎えに行くというのを丁重に断り、約束の時間に間に合うように電車でココの自宅前の崖まで来たのだが……。
いつもなら、小松がこの場所に立てばココはすぐに出迎えてくれる。
四天王の一人であるココにとって小松の気配など、直ぐに分かるのだろう。
だがその日に限って出迎えは無く、空を見上げればいつも悠然と飛ぶキッスの姿も無かった。
その時はどこかに出かけているのだろうと思い、生真面目なココが小松に連絡も入れず出かけているのだから余程の急用なのだろうと、その場でしばらく待っていた。
だが1時間してもキッスの姿もココからの連絡も無く、小松はココに連絡を取ろうとしたのだが、携帯電話は数コールで留守番電話に切り替わってしまう。
何となく嫌な予感がした小松は直ぐに他の四天王のトリコとサニーにも(ゼブラにも連絡をしたかったのだが、彼はそもそも携帯電話を持っていない)連絡をしたのだが、やはり二人とも電話口には出なかった。
(どうしよう……何かあったのかな……)
ココだけでなくトリコやサニーとも連絡がつかない事に不安が募ったが、彼らはグルメ時代のカリスマ、四天王である。
滅多な事では彼らを傷つけることなどできはしない。
そう分かってはいても、大切な人たちだ。
どうしても心配で仕方がなかったが、取り合えず三人にメールをして(留守番電話には勿論メッセージを残した。)自分が出来る事をしようと小松は大分日が暮れてから帰宅した。

結局、その日は三人からの連絡は無かった。

小松は直ぐに上司であるウーメン事務局長に取り次ぎ、調査する事を約束してくれた。
「だから小松ちゃんも、ちゃあんとお仕事をするのよ。」
「……はい。」
料理は小松にとって命であり何事にも揺るがない芯である。
例えどんな状況であろうとも、疎かにするなど小松の矜持が許さない。
何より、自分の料理を誉めてくれた大切な人たちに対して申し訳が立たない。
調理場へ向かう前に目をつむり一つ深呼吸をする。
「……よしッ!」
そして小松は料理に向かい合う。



それが昨日のこと。
やはりというか、連絡は全く取れずウーメンからも何の音沙汰もなかった。
小松は暇があれば三人に連絡を取っていた。
トリコ辺りならばハントに出かけていれば連絡は取れなくなるが、ココやサニーが、特にココとこれほど連絡が取れなくなるのは初めてだった。
「ココさん……。」
知らず知らずの内にその名前を口が紡ぐ。
(小松君……)
自分を呼ぶその声は優しさに充ち溢れ、小松はココに名前を呼んでもらうのが堪らなく好きだった。
その声が二度と聞けなくなるのではないかと、思考がマイナスへと入りかけケた時、手の中の携帯電話が振動した。
慌てて発信者の名前を見れば、ウーメン事務局長だった。
「!も、もしもしッ!!!」
「!!!ちょっと小松ちゃんッ!気持は分かるけどもうちょっと小さい声で出てよねッ!!!」
「す、すいません……。」
逸る気持ちが思わず大声になってしまったようで、小松はウーメンに謝罪し、今度は声を抑えて先を促した。
「そ、それでココさん達の安否は……」
「……それがね、ちょっと複雑な事になっててね、取り合えず出かける用意をして。IGOから迎えが来るから。」
「へッ?どういう事ですか?皆さんは無事なんですか?」
「無事よ。でもちょっと事態は急を要するから急いで支度してヘリポートへ。行先は第1ビオトーブだから、着いたらマンサム局長から説明があるはずよ。」
「は、はいッ!!」
三人は無事。
それさえ分かれば、どんな状況であっても大丈夫だと、小松は急ぎヘリポートへと向かった。


ビオトーブに付くと直ぐにマンサム局長の部屋へと通された。
「おお小僧、久しぶりだな。」
「マンサム局長もお元気そうで。」
「今ハンサムって言ったッ?!」
「言ってませんッ!それより皆さんは何所に?無事なんでしょう?」
小松が早速トリコ達の安否を問えば、マンサムは何時ものような豪快な笑いを潜め、何所か酷く困ったような顔で歩きながら話そうと、小松を伴い部屋を出た。
「そもそもは、トリコが発見して持ち込んだ植物が原因でなあ……。」
その植物は一見何の変哲もない植物だったという。
だがトリコはその植物からは得体のしれない何かを感じ取ったのだろう、最初ココの所へ持ち込みその後にIGOへと持ち込んだそうだ。
その際にココも同伴したことを、マンサムは付け加えた。
「その植物には毒があった。未知の毒ともなればココの力が無くては解析できないからな。トリコが連れてきてくれたんだ。」
「それが、2日前なんですね。」
小松が崖でココを待っていたあの時に、既に事件が起きていたという事になる。
「詳しい事は端折るが、兎に角その植物の毒をトリコとココ、そしてサニーとリンまでもが接種してしまった。」
「ええーーッ!?サニーさんとリンさんもですか?!」
「偶然その場に居合わせてしまったんだ。ともかく、ココの咄嗟の判断で毒が拡散されるのは防げたんだが、四人は毒を接種してしまった。」
「そ、それで皆さんに命の危険はないんですよね?」
四人はグルメ細胞の持ち主だ。
特にココはその体内に500もの抗体と、猛獣さえも避ける程の猛毒を宿している。
「勿論四人とも無事だ。だがなあ……。」
そこでまたマンサムは、あの困ったような表情をして小松に視線を向ける。
「お前さんを呼んだのも、その辺りの事情があってだな……」
そういえば何故自分がここに呼ばれたのか、いまだ不明であった。
「まず、例の植物について話そう。こいつを改めて解析したところ、細胞の記憶を遡らせるという事が判明した。」
「細胞の、記憶、ですか?」
「そうだ。若返らせる、とはまた違うらしいが、効果は同じと思ってくれていい。つまりそのまま記憶を遡り続けると胎児にまで遡り、ついには消滅してしまうらしい。」

消滅。

そこに血の匂いがしないものの、ただ死ぬという言葉よりも薄ら寒い言葉に小松はぞっとして、その毒を接種してしまった四人の事を思い慌てた。
「そ、そんな恐ろしい毒を接種してココさん達は無事なんですかッ!?」
「慌てるな小僧。命に別条は無いと言ったろう。その辺はグルメ細胞が危機的状況を判断して何とか細胞の遡りを抑えた。抑えたんだが……」
そこまで言うと、どうやら目的である部屋の前についたらしい。
マンサムがズボンのポケットからカードキーを出し、それをスキャナーに翳すと、眼の前の扉は自動的に開いた。
その先には……
「抑えたはいいが、ある程度までは遡りが進んでしまってなあ。ようは四人とも……」
薄暗い部屋の中、簡易照明に照らされたその塊がビクリと動いた。
小松でさえも分かる、肌に刺すような敵意。
一人の少年が、自分より幼いであろう三人の子供を背後に庇い小松達を睨んでいる。
「ようは、子供になっちゃったんですね……」

小松はようやく、そう絞り出した。

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