▼満たされる心(ランシュウ)

「ンガガー!!ガガッガーー!!」
「ググゥ!!フググゥゥググーー!!」
マツタニ家のリビングに小さな白と黒のねずみの声が響き渡る
二匹の間にはひとつのクッキーの箱
その数25個入り

「ガーガ!!ガガガ!!」「ググーググーグ!!」
2匹の喧嘩の理由は大体よく解る
クッキーの数が割り切れないのだ
どっちがそのひとつを取るので揉めているのだ

「やれやれ・・・」
シュウはテーブルの上の2匹の喧嘩を見ながら苦笑する
ひとたびリボーンすると風属性最高峰に位置する
「知恵の竜」ウインドラゴンに変化する2匹
今の姿からは想像も出来ない話だ

「しょうがないなぁ〜」とシュウはそのクッキーのひとつを摘みあげ
ぱくっと口に入れる
「ガガ!!?」「ググゥ!!?」驚きの声をあげる2匹
「コレでちゃんと割り切れるだろ?喧嘩すんなよ〜」
そういってシュウはくすくすと笑った


満たされた時、満たされる気持ち
幸せな日々
今はそれが当たり前となっている2竜
でもそうなる前にはそれなりの壁もあった・・・・


はじめて2竜がマツタニ家に来たとき
2竜というか・・・ランシーン
黒い竜は心を閉ざしたままだった

「本来レジェンズは食事など取らなくても生きていける」
「我々は地球の生み出した精霊」

「食事?私にはそんなもの必要無い!」
「人が施したものなど要らぬ」

ランシーン・・・黒い竜はそう言って
食事を口にする事はなかった

学校から帰ってくると
シロン、白いねずみであるねずっちょは
シュウに飛びついてきたが
ランシーン、黒いねずみはいつも壁の隅っこでこちらに背を向けて座っていた

「・・・なあわるっちょ、俺達晩御飯食べるけど、お前も来るか?」
ねずっちょを手に乗せてシュウはわるっちょに声をかける

「・・・・・・・・・」
返事は無かった

「そか・・・じゃ、俺達行ってくるな・・・・」
そういって子供部屋のドアはパタンと閉じられ
そして階段を下りていく音が小さくなっていった


「・・・・・・・・・」
ランシーンは1匹で壁を見つめ
そして天井を見上げる

私は・・・私たちはレジェンズ
地球を汚す人間に制裁を与え
文明を破壊し
全てを無に返す者

生まれた時からその運命は決まっていた
長い時の中その使命をおびて
長い時間過ごしてきた

それが当たり前だと
信じて疑わなかった・・・・

螺旋の運命は崩れ
その使命から外れた今

「私は・・・・なんのために存在しているのだろう・・・」

自分の中に心と言うものが生まれた時
今まで当たり前だと思っていたことに疑問を感じ始め

そして自分自身にも違和感を感じ始める

なんだろう・・・この気持ちは・・・

『虚無感』

この世界に意味はあるのだろうか?

私に生きる意味はあるのだろうか?

全ては虚しく

いつも心は乾いて

満たされる事など1度もなかった

そんな事を考えていると

『キィ・・・』
不意に子供部屋のドアが開いた

「!!!!」

シュウだった

慌ててランシーンはまたシュウに背を向け顔を壁にむける

シュウは手に小皿に乗せた小さなドーナツを持って
ランシーンにゆっくりと歩み寄る

「なあ、わるっちょ、コレ食ってみろよw美味いんだぜ?」
「母さんの手作りなんだv」
「ねずっちょなんかいっつも俺のドーナツも横取りするんだぜー」
そう笑いながらシュウはランシーンの横にドーナツの小皿を置く

「・・・・・・・・」
ランシーンはソレをちらりと横目で見つめ
そしてまたフイっと壁に顔を向ける

それを見てシュウは少しだけ寂しそうな顔をして
ランシーンに話しかける
「あのさ・・・わるっちょ」
「お前は精霊だから何も食べなくても生きていけるのは十分解ったよ」
「もう2週間になるもんなー・・・お前がそうやってんの」

2週間ではない・・・
私はもう10年以上生まれた時から食事などした事はない

「でも・・・なんつうか」
「食事ってさ、お腹を満たすだけじゃないと思うんだよな」

ピクリ・・・ランシーンの小さな耳が少し動いた

「ほら・・・お腹いっぱいになるとさ、気持ちもいっぱいになるだろ?」
「ねずっちょ見てるとさ・・・ちゃんと食べて美味いって感情があるのも解るんだよなー」
「時々腹の虫も鳴らすしな」
そう言ってくすっと笑うシュウ

「まあ、食って見ろよ、ドーナツ」
「きっと美味いぜ、幸せいっぱいになれるぜ?」

幸せ・・・いっぱい?
少しだけシュウに顔を向けるランシーン

「ホラ!わるっちょ!」
シュウの手がドーナツを掴み
ランシーンの口に持っていかれる

ドーナツとシュウの顔を交互に見つめるランシーン

そして・・・

ドーナツを一口だけ齧ってみた

口の中にドーナツの味が広がる

「甘くて美味いだろー??」
シュウがニシシっと笑ってランシーンに聞いてくる

甘い・・・
コレが甘いという味・・・・
自分が感じたことのない気持ち

もう一口食べる

空腹感や満腹感は・・・よく解らない

でも、

乾いた感情が少しづつ・・少しづつ満たされていくのは解る

「ドーナツ以外にも美味いもんは沢山あるぜー」

「明日からは皆で一緒にご飯だなw」

シュウはそう言ってランシーンの頭を優しく撫でる

・・・ポツン

ドーナツに光る水滴が落ちる
ランシーンの瞳から一筋の涙が零れ落ちた

頭を撫でていたシュウの手は止まる
「え・・・?わるっちょ??」

何だろう、この気持ち
一口食べるごとに気持ちが温まっていく
心が何かに満たされていく
確かにドーナツは空腹を満たすものでは無いが
だが自分の中の何かを満たしていく

「・・・・・・・」

涙を流しながら小さく震える黒いねずみを
シュウは何も言わず優しく抱き上げ
胸に抱き締める
「ググゥ・・・」ランシーンは小さく声をだした

「お前のちっちゃい時の声初めて聞いたな」
シュウはそう笑いながら呟いた




翌日
朝食のテーブルに5食分の食事が並べられる

勿論いつも5食分並べられて居た訳だが

この日はいつもと違った
サスケ・ヨウコ・シュウの3人
白いねずみのシロンの1匹

そして黒いねずみのランシーンの姿もあった


この時からウインドラゴンの優しく満たされた日々がゆっくりと動き出し



今の幸せの日々へ繋がっていく


おしまい