▼ハ ム ス タ ー パ ニ ッ ク - 前 編(頂き物)

「グ…グググ…(く、屈辱的だ…)」
「ガ〜ガガガ…(そのガキが帰るまで諦めるんだな…)」

マツタニ家の一人息子・シュウの部屋の机の上にある、ハムスターケージの中で
ヒマワリの種を持ったまま佇む目つきの悪い黒いねずみと、備え付けの滑車を
非常に面倒臭そうにカラカラ回している白いねずみの会話である。
そのケージの前ではシュウより幼い見知らぬ女の子がにこにこしながら眺めていた。

「ググ〜グググ…(なぜ、私までこんな所に閉じ込められなければならないのだ…)」
「ガーガガガガ(仕方ねーだろ、この際)」
「グーググググーグ(大体、お前がちょっかい出さなければこんな事にならなかったんだ)」
「ガーガガガーガガーガー!(んだと!?てめぇ何時までもグダグダうるせーんだよ!)」

「喧嘩しちゃダメ〜、ハーちゃんも仲良くしなきゃダメ〜!」

どんよりと重い空気を漂わせ、いがみ始めた2匹に、すかさず少女の甲高い声が響き
中の2匹はピタリと動きを止めた。声の主は心配そうな顔でこちらを伺っている。
少女はケージにピッタリ付いたまま離れず、2匹にとっては監視されてる様な気分である。

『………(はぁ〜)』

ガクリと同時に頭を垂らし、2匹のねずみは小さくも重いため息を深々と吐いた。
今のところ見た目はねずみだが、これでも2匹はレジェンズと呼ばれる伝説の存在で
その中でも高位に位置する誇り高い(はずの)風の竜、ウインドラゴンである。が、しかし…。
仮にも竜である彼らだが、今この現状ではそんな事はどうでもいい事項にあった。
どうでもいい。どうでもいいから、早くこの状況を何とかしてくれ。
2匹は今この場にいない彼らのサーガへ、切実とも言えなくもない思念を送り続けていた。

――事の発端は、数刻前に遡る…。

***

マツタニ家居間のテーブルに置かれたケージの中に、可愛らしいハムスターが1匹
首を傾げ、つぶらな瞳できょとんとシュウを見上げている。
テーブルに頬づえを付いたまま、シュウは見上げてくるハムスターをまじまじと観察した。

「ほんっと、こいつねずっちょに似てるよなぁ〜」
「そうかい?」

シュウに相槌を打ちながら、マグカップをふたつ手に持ったサスケが居間へ入ってきた。
問題のハムスターは、今朝方サスケの同僚のジャックから預かったものである。
以前にも彼の出張で預かった事があり、今回は2度目の訪問となる。
前回来た時は寿司パーティの騒動に巻き込まれたり、変な3人組に連れ去られたりと
なかなかにエキサイティングな体験をしたのだが、本人はわかっているのかいないのか。

「はい、シュウ。熱いから気をつけて」
「父さん、ありがと!」

サスケはシュウと並んでソファに座り、シュウに習ってケージの小さな生き物を観察し
続いて、シュウの頭の上にいる小さな白ねずみに視線を移した。

「あはは、言われてみると確かに似てるかもね」
「だろ?並べたらどっちがどっちだか、見分けつかないよ」

似てる似てると連呼された張本人の白ねずみは、心外だと言わんばかりに
ガーガーとがなり声を上げて、シュウの頭の上で飛び跳ねて不満を訴えている。
まぁ、気持ちは解らなくも無い。本来の彼は大翼を有する伝説の飛竜なのだ。
だが今は、何を言おうが飛行帽を被った白ねずみである事に変わりは無いのだが。

「あーもう、うるせーぞ、ねずっちょ!」
「ググ〜(まったくですね)」

シュウの声に相槌を打つように小さく鳴いたのは、シュウの左肩に陣取る黒ねずみ。
フンと鼻を鳴らして、白ねずみを一瞥している。

「ガーガガガー!(何だとコラ!大体、俺とそいつの見分け付かねえって、どういう事だ!)」
「シロン君、ごめんごめん。そんなに怒らないで」
「ほらほら、あまりからかったりしたら、シロンさんに失礼よ」
「ガガ〜(さすが、お袋さんは解ってるな。ったく、なのになんでコイツはこうなんだ…)」

不平を並べながらテーブルの上に降り立ったシロンは、ケージの前まで歩み寄り
相変わらずきょとんとしているハムスターに話し掛けた。

「ガガガガ(ホラやっぱ全然違うじゃねーか。俺の方が断然立派な耳や羽が付いてるし
飛行帽も被ってるのに、これで見分けつかないってんなら、サーガがアホなだけだな)」
「?」
「ンガ、ンガガガ(で、お前なんて名前だ?)」
「きゅ?」
「ガーガガガ(名前だ、名前!何て呼ばれてるんだよ)」
「きゅ〜」
「ガ〜…(言葉通じねえのか?ブルックリンのねずみの奴らとは話せたのに…)」
「グググ(彼らと話せたって事は、あなたがねずみだという証拠ですよ)」
「ガガ!ンガガガ(んだとワル夫!テメーだって今は黒ねずみだろーが!)」
「あ、シロン君あぶな…」

ごちん!

「ンガーー!?(ぅあっちゃーーーーっ!!??)」
「ねずっちょ!!」
「まぁ、大変!」

勢いよく振り返った瞬間に、近くにあったサスケのマグカップにぶち当たり
はずみで零れ出た淹れたてのコーヒーを頭からかぶってシロンは思わず飛び上がる。

「ンガガ!ガガガ!!(っだー!あっち、あっちー!!)」
「あー、ねずっちょ!まて落ち着け!」

カシャーン☆

「ンガー!?」
「きゅーーー!!??」
「あーーーー!?」

熱さのあまり暴れだしたシロンは、その勢いでハムスターケージに突っ込み
驚いたハムスターは、弾みで開いた扉から飛び出してしまった。
ボケっとしてそうで、思いのほかフットワークが良いらしいそのハムスターは
勢いのままテーブルを飛び降りると、リビングの棚の後に逃げ込んでしまった。