▼10分の幸せ (ウォルシュウ)

雪の降る寒い日

スパークス家の庭の中を
黒髪の少年が風を切りながら走る

少し先を歩いていた
オオカミの姿をしたレジェンズ『ウォルフィー』を見つけて
元気に手を振りながら近づいてくる
「と〜しょ〜いい〜ん!!」

その声を聞きながらウォルフィーは
「だから、俺は体育委員だって」と言いながら振り向く

バフッと腹に衝撃がくる
シュウがウォルフィーに飛びついたのだ

「いきなり飛びつくなよ!びっくりするじゃないか!」

「えへへ〜、相変わらずふかふかだよな〜♪あったけ〜」
「この毛ざわりなんてもう『毛皮』っつの?」
シュウは抱きつき顔を摺り寄せながらその毛並みを堪能する

「毛皮いうな!」と怒ってる口調で言っても
顔は笑っているウォルフィー

「今日は何の用事で来たんだ?」とウォルフィーが聞く
クラブ活動も無い日
別にスパークス家に来る必要も無いはずだ

「マックと一緒に来たんだよ」
「でもマック、キザ夫と花の手入れの話ばっかだから飽きてきて」
「今日は用事もあるから帰ろうかなってね」

「用事?」

「秘密基地にあいつら置いて来てるから迎えに行かないと帰れないんだよな〜」

「あいつら?シロン達の事か?」
そう言えばいつもくっついてる2匹(2竜)がいない

「うん、そう!」
「あいつら今お仕置き中でな、ハムスターゲージに閉じ込めてんだよ」

あの有名な『ウインドラゴン』が
2竜(2匹だが)揃ってハムスターゲージに閉じ込められている姿
「ブッ」
想像するとちょっと笑える(てかもう笑ってる)

笑いを堪えつつ片手で口を押さえながらウォルフィーは聞いてみる
「そりゃ何でまた?」

「あいつらまた喧嘩しててな」
「今回はエスカレートして俺の部屋散らかしたうえに俺の漫画破ったんだ」
「破ったというより破れたって事なんだろうケド、ちょっと最近喧嘩が大きくなってるから」

「だからお仕置き中」

「なるほどね・・・」
ようやく笑いが止まってきたウォルフィー

「まぁでも朝から閉じ込めてるから」
「さすがに夕方には出してやらないと可哀想だからなぁ」
そう言いながらウォルフィーに抱きついていたシュウは離れる

「じゃあ!またな〜☆図書委員〜♪」
そしてまた風の様に走って出口へ向かう

「体育委員だって!」と苦笑して返事をしながら手を振るウォルフィー

その瞬間
シュウがつるっと滑って
ドスン!!
お尻をついて転ぶ
「痛ってぇ〜!!!」

「あ〜・・・何やってんの、部長」笑いながらシュウに近づき
腕を持ち立たせる

路面は雪で少し凍っていた

お尻をパンパンッと叩き泥を払いながら摩るシュウ
「あ〜痛て〜・・・・」

「今雪で路面凍ってるからな〜、気をつけろよ部長」
そう言って頭を撫でる

「うん、そうする」
シュウは走らずに歩いて帰ろうと歩き出す

歩くシュウを見てウォルフィーが声をかける
「・・・部長?」

「何?」

「もしかして足ひねったとか?」

シュウは少しだけ足を引きずっていた

「ちょっとね、まぁ平気だけど、明日には治ってるよ」

「・・・・・・・」ウォルフィーは黙って歩いて行くシュウを見つめていたが
何かを決めるような顔をしてシュウに近づく

「ほぇ?」驚くシュウ
ウォルフィーが後ろからシュウを抱き上げて
背中におんぶしたのだ

「まだ路面凍ってるからな、秘密基地まで送ってやるよ」
「秘密基地に着いたらあの2匹に連れて帰ってもらうんだな」

「図書委員・・・・」

「体・育・委・員!!っつ〜か部長それわざと言ってない?」

「わざとじゃないって!体育委員ね、はいはい」
そう言いながら顔をウォルフィーの背中に埋めるシュウ

そして「・・・・ありがとな」と小さく呟く

横目でそんなシュウを見ながら「別に良いって・・・」
と返事をする

大きい背中に温かさを感じる
羽毛のようなふわふわした柔らかさの2竜とはまた違う
心地よい毛皮の様な優しい手触り

空を飛ぶのとは違う
大地を蹴るときの気持ちの良い振動がシュウに伝わる

ぽつりとシュウが言う
「このまま体育委員が滑って転んだら俺潰れちゃうな・・・」

「失礼な奴だなぁ部長!転ばないって」
苦笑しながら言うウォルフィー

背中でシュウが笑っている

そんなシュウを見つめ
ウォルフィーもまたシュウの温かさを背に感じていた
風のサーガ、風の少年、シュウゾウ・マツタニ

自分とは属性の違うサーガ

別にマックが嫌いな訳ではない
むしろ好きな方だ
優しくおおらかで人の気持ちがよく解る少年

でも・・・・

「なんで俺は土属性なんだろうな・・・・」そう呟くウォルフィー

この少年が土のサーガであったなら・・・・・

「・・・ん?何?」
声は小さすぎてシュウには届いていなかった

「別に、何でもないよ、部長」

シュウが土のサーガならば・・・?

それは無理な話だ
シュウは風の属性に合っている
それはよく解る
この少年だから風のサーガなのだと

それに自分は4大レジェンズではない
サーガを望んでも傍らにいる事も出来ないのだ

しばらく考えてウォルフィーはシュウに話しかける
「部長!ちょっとだけ遠回りして散歩しない?」

「え?」

「やっぱ急いでる?10分くらいなんだけど・・・ダメかな?」

今日は2竜はいない
多分こういうことは滅多にないだろう

いや、2竜がいない事はあるとは思うが
この少年と2人きりになれるなんてことは多分ない

手に入れることは無理なのは解っている
高望みなのも解っている
余りにもこの少年と自分とは違いすぎるから

ならばせめて今の時間だけでも大切にしたいから

10分くらいなら風のサーガを借りてもいいだろう?

そう2竜に心の中で話しかける

いや・・・あいつらなら10分どころか1分でも無理って言いそうだな
風のサーガに関する事にはトコトン心が狭くなるからな
あの『ウインドラゴンズ』は
ウォルフィーの口元は少し笑っている

シュウは言う
「えっと・・10分くらいなら別にいいよ、あいつら迎えに行くだけだから」

「じゃあ、ちょっとだけ遠回りな」
そして秘密基地の行き道を少しだけ変えて遠回りをするウォルフィー

贅沢は言わない
言うつもりもない
争うのは嫌いだし
そういう事をこの子供が嫌うのも知っている

だから10分間だけ時間をもらおう
この背中の温もりを忘れないでいよう
この子供の風を感じていようと思う


この10分間は俺にとって幸せな時間だから


おしまい