彼女は いつも

何かを求めていた


彼女は いつも

自分を騙して過ごしていた

それが 彼女の 生き方だった






【気に入りの】






今日も 気に入りのカップに 気に入りの紅茶を注ぐ

それはもう 彼女の日課で

彼女の 一時の楽しみだった




でも その一時に どれだけの意味があるのだろう

ふと 彼女は思いつく



しかし 特に思い当たるものなど 見えなくて

ただただ 目の前に広がる平穏と 熱い紅茶の冷めゆく様子を 眺めていた




 「嗚呼、 そうか」


彼女は 独り つぶやく


 「ゲンジツトウヒ」


それが一番 似合いの言葉に思えた




そうだ 此処は 何も見えない世界

ぬくもりの ない 世界


その中に 独り 彼女は突っ立っている

そこから動くことは 許されない

動けても そこには ただ 広がる 無の世界

彼女は 独りきりだった

ただ ヒトリきりだったのだ



気に入りのカップには あたたかな 家族の休日を描いてある

それは 彼女がいままで夢見てきた ぬくもりのある世界だった

だから 彼女は それを求めた


気に入りの紅茶からは あたたかな湯気が立つ

何処かで見知った 家族の休日の中には

あたたかなティータイム それが 描かれていた

だから 彼女は それを求めた



現実を逃避する行為にすら 彼女は 冷静に見分けてしまった

だから 独りだったのだ いつも




彼女は 気づいてしまった

彼女は また 現実から目を背けるものを 探さねばならない

だって 彼女には 何もない

ぬくもりは 永久に手に入らない 幻だから



ふいにこぼれた涙は

初めてこぼすものではなかった

でも 彼女には 初めてだった

いつもいつも 泣くたび それは 初めての涙になる

彼女は その事を いつも 忘れたから

忘れないと 現実に引き戻されてしまうから





一頻り 泣き終えた後

先ほど淹れた もう すっかり ぬるくなった紅茶を

彼女は 一息に飲み干した




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