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高校教師  親友2



「京一どうしたんだよ急に。」
校門を出たところで後からひーちゃんが声をかけてきた。
でも、俺は振り返れない。
こんなぐちゃぐちゃした顔、情けない顔ひーちゃんには見せられない。
「……何でもない。」
俺は振り向きもしないでそのまま歩き出した。
本当は走り出したかったけど、そこまで俺は子供じゃなかった。
いっそ、もっと子供でいたかったのかもしれない。
もっと素直に、ひーちゃんに感情をぶつけてしまえればもっと楽だったろうに。
だけど、俺は幸か不幸か、そこまで子供ではなくなった事に二度驚いた。
「俺、何か悪い事した?……いや、悪い事したか。ごめんな、先生の用事につき合わせちゃって。でも今日の昼に約束しちゃったんだ。だから……」
ひーちゃんのせいじゃない!
「ちがうッ!そんなことじゃない!!」
勢いで振り向いた先に、俺の声にびっくりしているひーちゃんの顔があった。
ずきり、と心が痛んだ。
「……ごめん、でも違うんだ。ひーちゃんのせいじゃないんだ。」
「京一……。」
「ごめん、違うんだ……。明日になったら、ちゃんといつも通りに戻れるから。だから……」
多分、俺が泣きそうな顔をしてたんだと思う。
ひーちゃんはそのまま俺に近付いて俺の手を握った。
「今日の、ラーメン屋は、無し?」
「すまねえ……」
「ラーメン屋はいつでも行けるでしょ?それより、やっぱ俺が原因なのかな?」
その言葉に俺は思いっきり声を上げて否定した。
「違うッ!!俺の、俺の勝手なんだ。こんなの……。」
そして、夕日に染まったひーちゃんがにっこりと笑って俺の肩を抱き寄せた。
「そんな顔の京一、一人にしておけないよ。何も言わないから、今日一日一緒にいちゃ駄目かな?側に、いるだけでいいから。でも、迷惑なら……」
「迷惑じゃ、ないよ……。」
どうやら、俺は思った以上に子供のようだ。
ひーちゃんの申し出を、俺はこくんと頷いて受けてしまったのだ。


俺の知らないひーちゃん。
和やかな雰囲気があまりにも自然で。
自然に会話する二人に何故か俺は置き去りにされて。
今まで、この学校で一番ひーちゃんの側にいるのは俺だって無自覚に自覚して、自慢だった。
それが違う事に、大きなショックを受けた。
あんな笑顔のひーちゃん知らないことにショックで腹が立つやら、寂しいやら。
子供じみた独占欲を打ち砕かれて、俺は打ちのめされたんだ。
だからひーちゃんのせいじゃ、ないんだ。
俺の方こそ、ごめんな、ひーちゃん……。


「人間とは、なんとも複雑だな……。」
曲がりなりにも教師の職に就いている大人は、そう呟きながら残ったプリントをホチキスでパチンと留めた。
だがホチキスの歯は半端な力に押しつぶされてぐにゃりと曲がり、教師の仕事をわずかばかりに増やしたのだ。
最後のプリントだった。これでやっと仕事が終わると思っていただけに、教師は眉間に皺を寄せた。
「ちッ……。」
知らず知らずの内に呟いた教師は、今度は慎重にホチキスでプリントを留め新しい煙草に手を出した。

それは教師本人すら自覚してない、小さな、小さな変化だった。
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