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高校教師  噂2



夕方、緋勇は担任のマリアに呼ばれていたので皆と別れた。
職員室に行くと、丁度犬神が帰り支度をしているところに出くわした。
「あ、先生。」
「おう、緋勇か。こんな時間に職員室に用か?」
「はい、マリア先生に呼ばれて……」
そう言いながら緋勇は犬神の姿をまじまじと見る。
その視線に気付いた犬神が、不思議そうに緋勇に話し掛けた。
「?何だ?」
「あ、いえいえ、先生も帰るときはふつーなんだなあと思って……」
「普通ってのは何だ、普通ってのは。」
犬神の姿はくたびれた背広をはおり、いつも申し訳程度にぶる下がっていたよれよれのネクタイが外されていた。
そう言うと、神は思いっきり呆れたように顔をしかめた。
「当たり前だろう。いくら俺でも年がら年中白衣を着てる訳じゃない。」
「ですよねー。」
と可笑しそうに笑う緋勇につられ、犬神も微笑むが、ふと今日の授業での緋勇の態度に思い当たったのか再び呆れ顔に戻ってしまった。
「まさか、今日の授業中にそんな事考えてたからうわの空だったのか?」
「あははは……ごめんなさい。」
素直に謝る緋勇に、犬神は頭を軽く叩く。
「ったく、明日はもっと授業に集中するんだぞ。」
「はーい。」
いつもとちょっとだけ違う犬神を発見した緋勇は、ちょっとだけ嬉しい気持ちになった事に気付いた。
そしてまた噂の一つを思い出し、犬神を振り返り犬神に質問する。
「あ、先生、新宿って行ったりします?」
「はあ?まあたまに行くこともあるが……」
「で、その時もそんな格好なんですか?」
そんな格好とは、もちろん今の犬神の姿であり、上下吊るしの安物らしいのだが、まがりなりにもスーツ姿の事である。
「こんな堅苦しいなりで行くか。せいぜいシャツにジーパンぐらいか……何でそんな事を聞くんだ?」
「ただ何となくですよ。じゃあ先生さようなら。」
「??ああ。」
あのよれよれ姿で堅苦しい……
そう心中で呟きながら、緋勇はこっそりと犬神のジーパン姿を想像しようとしたが、途中で挫折しながらくすくすと笑う。
想像つかないなあ……とどこか嬉しそうに緋勇はマリアの机に向かった。


何か一つ一つ、先生の事を知るたびに心が弾む。
意外な面とか、当たり前の事。
何でか分からないけど、先生の事を知る事は、楽しいことだと今更ながらに思い至る。
その理由はよく分からないけど……多分好奇心、かな?
と、一応の納得をすると、こっそり夜中に準備室の真相を見てみたいなあと、思ってみたりもする。

そんな放課後の出来事、緩やかに進む、小さな小さな変化の一つ。
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