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まあ、悪い奴ではない。
図体の割には気が小さいが、人当たりが良いしお人よしともいえなくも無い。
賑やかな事が好きで、何かにつけて同僚と飲みに行っては店で馬鹿騒ぎをしていても、自分に関係がなければ、まあ許せる奴ではある。

だが、自分の何が気に入ったのか、ちょくちょく誘われ被害が及ぶこともしばしば。
酒が嫌いな訳ではない。
むしろ大好きだ。好きだが、一人で酒を味わう方が性に合っていると言うのに……

それでも断るばかりでは職場での雰囲気も悪くなってしまう。
結果、6回に1回の割合で、奴とは飲みに行くことになっている。

付き合いというのも、肩がこる。



閑話休題


「で、犬神せんせい、聞いてます?」
「ああ……はい。聞いてますよ。」
隣の男は既に顔が赤い。
この店に着てからそう時間がたってないというのに。
弱いのか、ただペースが速いのか……
「でね、その女生徒が言うんですよ。「おじさん、無理しないほうがいいんじゃない?」って!!」
「……立派なおじさんじゃないですか。」
まあその前に、教師を「先生」と呼ばない方が問題なのだが……
「犬神先生はともかくッ!私はまだ20代ですよッ!!あ、おねーちゃん、いも焼酎ロックでッ!犬神先生は?」
「……同じものを。」
どうやらこの男にとってそっちの方は問題ではないようだ。
「そういえばここ、たこわさが美味いんですよ。あとたこわさもッ!」
嗜好からいえば、もう立派なおじさんだな。という事は伏せておくか。
「何か言いました?」
「……いいえ。」
「お待たせしましたあ〜!」
タイミング良く、女性店員が注文のいも焼酎とたこわさを運んできた。
その店員を男は黙って見送ると、くるりと俺の方を振り返り少々興奮した息遣いで話し掛けてきた。
……鼻息がかかる……。
「せんせッ!今の店員かわいくないですか?」
「さあ、良く見てませんでしたから……」
「一見清純そうに見えて、中身エロとか、僕萌えるんですよね〜〜vv」
「……そうですか。」
「最近の女子生徒なんか、顔は清純そうなのに発育が良くて、たまに目のやり場に困りませんか?つうか僕は困りますッ!」
「それは問題発言では?」
「いいじゃないですか!酒の席の話ですよ。それに手を出そうって訳じゃないんですから。」
手を出していれば大問題だ。
「いえね、僕はれっきとした成熟した女性が好きですよ。でもね、最近の女生徒って、こう露出が激しくて、ぶっちゃけついつい視線がいっちゃうんです……胸に。」
断言したな。
「そういえば、犬神先生は女性のどこに魅力を感じます?」
「さあ、どこと一概には……」
「またまた〜、僕はここだけは捨てがたいッ!ってとこがあるんですよ〜。」
「……胸ですか?」
「おッ!分かっちゃいました〜?さては先生も胸フェチですか?」
さっき自分で言ったくせに。
「同志発見ッ!あなたも我々乳同盟に入りましょうッ!」
我々?こいつの他にもいるのか、乳同盟が。
「遠慮します。」
「だけどね、同僚の、ほら一年の数学担当のあいつ、あれがね、胸じゃなくて脚がいいっていうんです。聞き捨てならないでしょう?」
別にどうでもいい。というか聞いてない。
「胸こそ女性の象徴!母性のゆりかご!!あれに魅力を感じずして何とするッ!男じゃないですッ!」
男は皆胸が好きという前提か?
「胸といってもただ大きいだけじゃ駄目です。あ、勿論大きければ言うこと無いですけど〜〜♪」
語尾に音符が混ざり始めたぞ……
「やっぱ大きさ!形!色!」
いろ??
「この三拍子が言うこと無いバランスを保った乳に出会えたならッ!俺は、俺は……本望ですッ!!」
そう断言した後、見事なカーブを描いて男は机に突っ伏した。
……また俺がこいつを送るのか……。毎回の事ながらめんどくさい……。
「……そういえば……、あいつ変なこと言ってたなあ……。」
寝言か独り言か、最早判断がつかなかったが、何と無しに話に付き合ってやる。
「あいつって、脚フェチの数学教師ですか?」
「そうそう、あいつ……。女の脚も最高だけど……男の脚も美しいとか、最高だとか……」
男も許容範囲か……。つくづくうちの高校は変態が多い……。
「それで、ええと、何て名前だったかな。特に……確か緋勇っていう男子生徒の脚が……。」
何?!ひゆう??!!
「その脚が……」
ひゆうの脚が???
「たまらんって……。」
な、なんですとーーー(@Δ@;)☆○〜〜ッ!!??(思わず顔文字)


重大な発言を言うと、男はそのまま本格的に寝てしまった……

うちの教師たちって、一体……(乳同盟といい、脚フェチといい……)

ーー後日ーーー

「緋勇、一年の数学教師、知ってるか?」
「え?あ、はい、知ってますけど……何ですか?突然。」
「あいつには近づくなよ。絶対に。何が、何でも。」
「?????」
「返事は?」
「あ、は、はい……」

釈然としない緋勇を他所に、犬神は一人ひっそりと密やかに、一つの使命にちょっとだけ燃えていた。

変態教師の魔の手から生徒を遠ざけるのも、教師の仕事の内だな……。


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