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まだ夏の暑気がうすぼんやりと身体を包み込むような、初秋の頃。
それでも遠く見渡す山頂には、竜田姫の裾柄が舞い降りているように、薄く秋の色を纏っている。
ここは古より続く都の一角。
秋の京都は、行楽の観光客や修学旅行生でひしめき合っていた。

跳ねる兎1

「それでは注意事項は以上だ。くれぐれも他の人の迷惑にならんように行動すること。解散!」
犬神の言葉に生徒たちはがやがやとせわしく行動し始める。
真神学園高等学校の修学旅行もここ、京都である。
生徒は事前に決められた神社仏閣、史跡の中からグループごとにプランを立てて、それに伴い行動することになっている。
もちろん、中には事前には決められていない観光地を回りたいという生徒もいるので、そういった生徒は事前に教師に許可を得れば行動することができるように配慮されている。

「じゃあどこから回りましょうか?」
そう言いながら美里はしおりとガイドブックを取り出した。
「そうだな、ここからだと仁和寺あたりが近いが、どうする?」
醍醐は意見を求めていつもの面々を見回す。
「やはり、ここは八坂神社は外せないと思うのだが、いかがかな?」
蓬莱寺が珍しく、いや、口の端が少しばかりにやけた顔で一同を見渡した。
「ああ、祇園ね。」
すかさず桜井が蓬莱寺の本来の目的を言い当てた。
「ちッ、ばれてたか……。」
「つうか、京一単純だもん。だいたい舞妓さんがこんな昼中から歩いてる訳ないじゃん。」
「いいんだよ、舞妓さんの格好した観光客のお姉さま方がいらっしゃるんだから。」
「相変わらずだねえ、京一は。」
くすくすと笑いながら、緋勇も学校から配布されたしおりを取り出した。
そのしおりの製作に、少なからず貢献した緋勇はそのしおりをほんのちょっとだけ、感慨深げに眺めてると、桜井が元気の良い声で祇園界隈の散策に賛成だと言い出した。
「でも僕も祇園に行きたいなあ。ねッ!葵。」
「そうね、あの辺りだと、舞妓さん御用達の小物やお化粧品とか売ってるお店がいっぱいあるし。」
「そうそう、ようじ屋さんのあぶらとりがみとかッ!」
それら女性軍の賛成を得て、にんまりと笑う蓬莱寺に苦笑を浮かべながら、醍醐は簡単なプランを立てた。
「とりあえず、仁和寺から清水寺に行って、それから高台寺、八坂神社というコースはどうだろう?」
「りょ〜か〜い♪」

その後一行は仁和寺から清水寺へ、そこで暗闇の中を手探りで巡る「胎内巡り」を堪能し、観光客とみやげ屋の呼子で賑う二年坂をひやかしながら高台寺、八坂神社と巡り、残された時間で女性軍のリクエストでもある小物屋巡りとなった。
相変わらず舞妓を探してきょろきょろする蓬莱寺を、何とか首根っこを抑えながら引きずる醍醐。
そして店先の華やいだ小物に歓声を上げながら、手にとり色々と品定めをしている桜井と美里。
そんな彼らを見ながら緋勇はふと、小さな通りに目をやった。
見覚えのある、幅の広い肩と意外に逞しい背中。
その人物が丁度、通りにある小さな店の暖簾を潜ったのを緋勇は目撃した。
「ごめん小蒔、美里。俺ちょっと出るね。すぐだからこの店で待っててよ。」
短くそう言うと、緋勇は急ぎ足で店を出たのだった。


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