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「どうしよう……俺もう会わす顔が無いよう……。」
「言うなひーちゃん、男は脛に傷の一つや二つ、こさえた方が男らしいってもんだ。」
そう言いながら、蓬莱寺は隣に座る緋勇の肩を抱き寄せて慰めの言葉をかける。
「いいかひーちゃん。俺らのしたことは確かに間違っている。だが俺達は若い。若い故に過ちの一つもあるってもんだ。」
「ばっかもーーーんッ!!しおらしく反省をしていると思ったら、何とんちんかんなこと言ってんだーーーッ!!」
その怒声とと共に鈍い音が、長い廊下に響き渡った。


跳ねる兎3


「ったく、あいつはろくな事を考えない。」
ドスドスと、怒気を肩に漂ようわせながら醍醐は緋勇と共に廊下に立っていた。
「いや、でも俺も止められなかったし……」
先ほどまで旅館の廊下に、まるで晒し者のように(実際晒されていたのだが)正座をさせられていた緋勇は、足の鬱血をほぐすように手で太腿をこすっている。
「あいつのスケベ心を止められるならとっくに俺が止めている。お前が気にすることはない。というよりとばっちりを受けたのはお前なのだからそうしょぼくれるな。」
「で、でも俺も途中までついてっちゃったし、俺だけいいの?」
「……もしあいつが反省していれば戻ってよし、反省していなければ一晩中あそこに正座させておけ、とのマリア先生からのお達しだ。元々お前は止めようとしたのだからいいんだ。」
「……でも何か、悪いような……。」
緋勇の言葉どおり、蓬莱寺は未だに廊下で晒し者になっていたのだ。
つまり、修学旅行の健全な男子生徒の例に漏れず、蓬莱寺も女子生徒の風呂場を覗く、という潔い行動に出たのだが、その際に蓬莱寺は緋勇を誘い(というよりも巻き込まれた形だ)風呂場を目指したのだが、運悪く犬神にかち合ってしまいそのまま連行され罰則を受けていたのだ。
頃合を見て醍醐がマリアの許しを得て二人を迎えに行ったのだが、案の定というか、蓬莱寺は反省の色を見せずそのまま罰則続行になったという訳だ。
「それよりも体が冷えただろう。風呂にでも入って来い。マリア先生には俺が言っておくから。」
「うん、そうだね。じゃあ行ってくるよ。」
その言葉に素直に従い、緋勇は一回にある露天風呂へと向かった。
この旅館は珍しく24時間露天風呂を開放しているが、流石にこの時間帯はもう誰も居ないようで脱衣所はがらんとしていた。
やけに広く感じられる脱衣所にぽつんと一人立つと、周囲に音が無い分思考が内へ内へと篭り、不毛な応えの無い問答を繰り返しはじめる頭を止められなかった。
本当は京一に感謝している。
何のかんの言っても、自分が元気がないのを察して、気分転換に連れ立ったてくれたのだ。
ただ、その気分転換の場所が女風呂という辺りが京一らしい。
ほとんど引きづられるように連れて行かれた女風呂だったが、騒いでいる内は昼間の事を考えないで済んだ。
だからその時、時犬神に見つかるとは思っても見なかった。
途端犬神に見つかった時の光景がフラッシュバックする。
それを振り払うかのように緋勇は頭を乱暴に振ったのだが、それで思考が零れ落ちる訳もなく、犬神の顔を思い出したと同時に再びぐるぐる回る自分の頭。
そして否応無しに自身の中にある黒い感情がはっきりと形作られていくのが分かってしまう。

いやだ。
こんな事を思う自分が嫌だ。
だけどもっと嫌だったのは、こんな自分を犬神に見られるのが一番嫌だった。

考えこみながらずっと風呂に入っていたせいで、緋勇は少々のぼせ気味になってしまった。
その頭を冷やそうとロビーに置いてある自販機に向かうと、当然誰もいないだろうと思っていた緋勇の予想を裏切って、そこには美里が座っていた。
「あれ、葵……」
美里は緋勇に気付き手を振った。
「あら、龍麻。どうしたの?もしかして、今までずっとお風呂に入ってたの?」
「あ、うん。ちょっとのぼせちゃって。何か飲み物を買おうと。葵は何で?」
少しおどけながら微笑む美里に、緋勇は真っ直ぐに目を向けられず少し照れながら自販機の前に急ぎ立ち小銭を袂から引っ張り出した。
「ふふふ、私もね。ちょっと眠れなくて。」
「そうなんだ。あ、何か飲む?奢るよ。」
「本当?ありがとう。実は丁度喉が渇いてたの。龍麻と同じものでいいわ。」
「うん。」
がこん、と静かなロビーに二人分のイチゴミルクのパックが落とされた。

暫く、イチゴミルクを啜ってはいたが、それが無くなった後でもお互い何も話せずにいたが、先に口を開いたのは美里だった。
「龍麻、どうしたの?何だかとっても悩んでるみたい。」
「え?あ、……」
美里の言葉に、何と答えればいいか動揺した緋勇を、美里は面白そうに眺めていた。
「龍麻って直ぐに顔にでるのね。だから京一君も心配してあんな行動にでたのね。」
「あ、ごめん。」
「ふふ、それは京一君に言ってあげて。でも慰め方が彼らしいっていうか、もう少し考えればいいのに。」
「慰め……」
「で、代表して私が理由を聞きに来ました。」
ぽろりと何でもないように、何時ものように気軽に話し掛けた言葉の優しさに、緋勇は思わず目頭が熱くなった。
自分は何て子供なんだろう。周りにコレだけ心配させるなんて。
そう思いながら、美里が見せる優しさに甘えていいのだろうか?という葛藤に思い悩みながらも、それでも自分の中のどろどろとした感情を吐き出せたなら、どんなに楽だろうととも思う。
暫く沈黙が続いた後、緋勇はぽつりと呟いた。
「聞いて、くれる?」
無言で頷く葵に安心した緋勇は、ぽつりぽつりと語り始めた。
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