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跳ねる兎4



「……俺、自分が嫌になるんだ。」
「何で?」
「俺、嫌なやつなんだ。何で俺、こんな……」
「どうしてそう思うの?」
「……こんな感情、知らない。知らなかった。でも何でか苦しくて、妬ましくて……」
緋勇の脈絡の無い言葉に、美里は単調に受けて流す。
ただそれだけの会話。
それでも緋勇の中の凝り固まった何かを、少しずつ溶かすには十分すぎる威力が、美里の言葉にはある。
だからなのか、何かの感情が堰を切ったように溢れてくる。そして涙も。
「嫌われたくないよう……」
子供のようにむずがってしまう龍麻の背中を、葵は優しく背中を撫でた。
「落ち着いて龍麻。」
「死んだ人が羨ましいって、いつまでも大切にされていいな、って。嫌だ。こんな感情嫌だよう……。」
「私達は違うわ。」
それまでただ返事をしていただけの美里から、これまでに無い強さを含んだ言葉に緋勇は顔を上げて美里を見上げた。
「私達、龍麻が好きよ。」
「あおい……」
「私達はそんな龍麻が好き。何かに一生懸命で、優しくて、単純で、馬鹿正直で……」
「……最後の方、酷いなあ……。」
決して誉め言葉ではない言葉だが、含まれる優しさに緋勇は泣きながらくすりと笑ってしまう。
美里もその笑顔を見て悪戯っぽく微笑みながら「それに結構いたずら好きだしね。」と付け加えた。
「だけど龍麻。貴方は聖人君子でもないでしょ。そんな感情当たり前に誰でも持ってるわ。私だってそう。誰かを羨ましいって、妬ましいって思ったことしょっちゅうよ。」
その事に、美里は少し胸を張って言葉にする。
「だって、私達「人」だもの。きっと京一君や小蒔や醍醐君も、あなたが聖人君子のようだったら、こんなに貴方の事、好きになってなかったわ。そんな感情一つでこんなに傷ついてしまう、龍麻が大好きよ。」
「……あおい……」
溢れんばかりの優しさが篭った美里の言葉。
それが嬉しくて、緋勇は別の感情で再び涙を流してしまう。
「だけどそれが私達には辛いわ。」
「ご、ごめんなさい。」
美里の辛そうな顔に、緋勇は思わず謝罪してしまう。
自分は何て愚かなのだろう。
これほどに、自分を思ってくれている友人達を、自分勝手の感情で心配をかけてしまった自分に自己嫌悪する。
「貴方がこれ以上傷ついて、泣いているの、辛いわ。」
「そうだよひーちゃん!俺なんて邪な心全開だけど、俺自分が大好きだしッ!!」
唐突に蓬莱寺が廊下の壁の影から現れ大声で叫んだ。
どうやら心配で隠れて様子を窺がっていたらしい。
「そうだよ。京一に比べればひーちゃんなんて全然大丈夫ッ!!」
「そうそうってこらーーーッ!!」
どうやら他の面子も隠れて今の美里と自分の会話を聞いていたらしい。
そして最後に醍醐がバツの悪そうな顔でゆっくりと姿を現した。
「あまり自分を責めるな。何があったかは知らんし、聞かん。だが相談相手ぐらいにはその……なれると思うんだ。」
((それは無理ね……))
醍醐の言葉に女子二人の思考は見事に一致した。
「それにね、龍麻、嫌われないようにって接してるって分かっちゃうと、もっと嫌われちゃうかも。」
「え?…あ、そう、だね。うん、確かにそうだ。俺って臆病者だから……」
美里の言葉に小さく苦笑する緋勇を、美里は強く抱きしめた。
「あああ、あおいーーーッ!?」
「大丈夫ッ!誰も龍麻を嫌ったりするもんですかッ!!こーーんなにいい子なのにッ!!」
抱きすくめられて慌てる緋勇だったが、離れようにも身体に力が入らない事に気がついた。
「あ、あれ?」
「どうしたの龍麻?」
その言葉を聞いた後、緋勇の意識は突然に闇に呑まれ、弛緩した身体を美里が支えきれず緋勇の身体は床に崩れ落ちてしまった。
「龍麻?龍麻?!龍麻!!」
慌てた蓬莱寺が急ぎ緋勇の額に手を当てると、緋勇の身体はかなりの熱を持っていた。
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