▼第三十九章 
「魔法少女リリカルなのはStrikerS 外伝 Immortality Emperor」

第三十九章「天に落ちる時」


─────エイムズ──


「──かはっ」

左肩に突き刺さる白銀の刃、過去に経験したことが無いほどの激痛に、悲鳴をあげることもできない。

その痛みが全身を駆け抜け、アルは耐えられずそのまま倒れこんでしまう。

そんな中、刃が放たれた煙の中から、騎士甲冑がぼろぼろになりながらも、一歩一歩しっかりと歩調でこちらに歩み寄るブレイ・ガノン。

そしてアルの元に歩み寄って立ち止まると、片手で髪を握り締めて持ち上げる。

「──くっ…」

地面から数センチ持ち上げれながらも、アルは髪を握るその手をどうにかしようとしなかった。いや、できなかった。

両腕はだらん、と力を無くした人形のように垂れている。

するとブレイ・ガノンは、残った右手で突き刺さったエクスキューショナーの柄を握り締めると、髪を握っていた左手を離した。

「…がぁっ」

呻き声をあげながら、両腕は力を取り戻し必死に左手で白銀の刃を握り締めていた。

手が切られるのもいとわず、アルは必死で刃を握った。

それでも、ブレイ・ガノンはエクスキューショナーを取り戻すため、左足をアルの腹部に叩き込んだ。

苦悶の声を上げながら、彼の体はエクスキューショナーから離れていき、蹴り飛ばされるとそのまま地面に叩きつけられた。

「うあぁ…くっ」

「王様!」

突然、後方から叫び声が聞こえる。

体を動かして確認せずとも、その声は嫌ほど知っていた。

その男は、銀髪の青年レイルを’お姫様だっこ’をしながら舞い降りてきた。

「ワタルか、随分遅いじゃないか…」

「すみません、今──」

「いや、いい」

つい、ぼろぼろなアルを見て思わず敬語を話し、抱きかかえていたレイルを近くの樹木に寄りかかせるように置き、待機フォルムの絶影を起動しようとした。

だがアルは、そんなことを気にせず、それより慌てて戦闘態勢に入ろうとしている彼を呼び止めた。

「お前は、手を出すな…」

(おっ、思った以上に、抉られたか…)

そう言いながら苦情の表情を見せるアルは、先ほどと比べれば大した事がない痛みを我慢し、決して離すことは無かった右手に握られたエクスキューショナーを杖代わりにし、ゆっくり立ち上がろうとする。

だが、彼の姿はまるでボロ雑巾のようなぼろぼろの状態、今にも倒れてしまいそうだった。

「ほう、まだ立ち上がるか。折角仲間が来たというのに、どういうつもりだ?」

優勢に立って余裕を見せながら、何処か驚いている口調で話すブレイ・ガノン。

だが、そんな彼はすぐに両手で取り戻したエクスキューショナーの柄を握りなおして構えた。

「ふん、無駄だ。仲間が来ようが、お主は終わる」

「誰が、終わるっ…て?」

そんな口調で話すアルは、笑っていた。

その笑みに、ブレイ・ガノンは何処か警戒心を覚えた。

どこか勝機を見つけたか、それとも勝利を確信したかのような顔をして見つめていた。

アルは過去に、過去の人間が今の現代に蘇り、造られた者を魔界やミッドチルダで少なからず知っている。

その者たちは、今の世界に戸惑いながらも生きることを許され、今も生きている。

しかし、アルはそんな者たちに該当するような彼を、生かそうとは思っていなかった。

何故なら、その者たちは様々な事件や問題を起こしたのは事実だが、それは決して本人の意思ではなかった。

今、目の前に対峙する男は、この男の意思で今回の計画を企てたと言っても過言ではない。

確かに、生き物にはそれぞれ生きる権利はある。

しかし、この男は自ら禁断の手を使い、再び蘇った。それは、許される行為ではない。

だから、俺は──

(王様、王様!聞こえるかっ!?)

笑みを浮かべる少し前に、突然と念話が彼の元に届いた。

何事かと思い、アルは慌てて回線を繋いだ。

(レキか?どうした、無事か!?)

それは、捕縛結界によって捕獲されたレキからだった。

思いもしていなかった人物からの念話に、驚きを隠せなかった。

その時、必死に肩の激痛に耐えていたのも事実だが、痛みと驚きと、喜びを感じた。

(少し前に、防衛プログラムを破壊した。これから、ベアトリーチェを連れて脱出する)

(彼女は無事なのか?)

(大丈夫だ。それより、彼女からあんたに話したいことがあるらしい。回線を彼女に変える)

(あの、聞こえますか?)

恐る恐る、小さな声で話す。

その声に、アルはしっかりと応える。

(ああ、聞こえるよ)

(時間がないので、手短にお話します。今のブレイ・ガノンは、私の’老王の心臓’をリンカーコアの代わりとしてあなたと戦っています。そして、彼の体は魔力によって精製された物です)

(ということは──)

彼女の話していることが真実ならば、ブレイ・ガノンは魔力源をベアトリーチェの心臓としている。

その彼女が、レキと共に脱出に成功すれば、彼の魔力源は無くなり、魔力によって作られていた強靭な体は、消滅するというものだった。

(そうです。私がこの人と一緒にここから脱出すれば、彼は魔力源を失うでしょう)

(だから王様、その時が──最後のチャンスだ!)

(──分かった。ワタル、聞いたな?)

(ああ)

最後に現れた希望の光。

それは勝利への道を示すもの。

自分だけの力では、どうにもならない運命。

その運命を断ち切り、真に愛するものフェイトの仇をとる。

ワタルも、これまでの念話を聞いて見守ることを決心した。

「終わるのは──貴様だ。貴様なんぞに、真の王たるこの俺を……倒せるとでも思ったか」

「今更強情を気取るか?ふん、哀れなことよ…」


「行きますよ、いいですか?」

「──はい」

捕縛結界の中、ベアトリーチェは両手をレキの腰に回し、まるで子供が母親に縋るように抱きしめていた。

そのレキは片腕を失い、残った右手に握られた絶影の柄を持ち、足元に魔方陣を展開する。

防衛プログラムが消滅した今、この捕縛結界は余りにも脆い。

ぼろぼろなレキでも、この結界を破壊するのは容易かった。

「絶影、やれるな?」

「Yes,sar.」

(さようなら、クイントさん)

掛け声に応答する絶影。そして、絶影の石突の部分を足元にある魔方陣へと叩きつけると、衝撃波が周囲に発生する。

それは捕縛結界のこの空間を切り裂き、それぞれ四方の壁にヒビが入り、それは粉々へと砕け散った。

消滅した捕縛結界を確認し、二人は同時に発動した転移魔法を使って脱出した。

思い残すことは、もう何も無い。


「ふん、それはどうかな」

「っ!なっ、なんだ!?」

突然とブレイ・ガノンの足元に巨大な白の魔方陣が展開される。

何も魔法を発動していないにも関わらず、突然と現れた魔法陣に驚きを隠せない。

そして、体内にマグマができたか思わせるような強烈な熱さに襲われる。

「あっ、がああああああああ!こ、これはっ!?」

絶叫を吼え、顔を歪ませながら胸あたりを引き裂くように、両手の爪を突き立てて胸を引掻き、この熱さから逃れようとする。

全身から物質変換魔法の象徴と言える緑色の粒子が現れ、鉛色の空へと舞い上がっていく。

(肉が、骨が、何もかもが、消えていくっ!)

徐々にそれは量を増し、彼の体はまるで年老いた老人のように、枯れ果てたものになっていた。

もうそこには、強靭な体や神々しい姿をしたブレイ・ガノンは、存在しなかった。

彼から真上の空に、魔法陣の上に乗って脱出に成功したレキとベアトリーチェが姿を現す。

「やっちまいな、王様」

レイルの傍で、膝を折って地面をつけながら話すワタル。

それを聞きながら、レイルはこの戦いを目に焼き付けようとした。

「行けえええええええっ、王さまああああああああっ!」

レキが大声で叫び、アルに合図を送る。

「はぁ──はぁ、全力…全壊っ!」

息を荒くしながら、足元に魔法陣を展開し、エクスキューショナーを物質変換魔法で緑色の粒子に分解し。左腕へとそれを纏わり付かせ、同時に魔力光が左腕全体を覆いつくす。

すると、怪物が持つような無数の甲殻に覆われ鎧化された左腕が、魔力光が砕け散ると姿を現した。

そしてその手を力強く握り締め、魔力を左腕へと送り込み、アルは力強く地面を蹴った。

繰り出すのは、最も得意な必殺の技。

「ロード・オブ──!」

もがき苦しみ、頭上に浮かぶベアトリーチェを片手を掲げて奪い返そうと、届かない痩せ細った手を伸ばし続けていた。

(我の、我の計画が…完璧たる計画があぁっ!)

轟音と共に迫り来るアルに気付き、ゆっくり顔を下ろすとそこには、アルがこちらに殴りかかっていた。

(これで、終わりだっ!)

「──クラッシャアアアアアアアアっ!」

膨大な魔力を含んだ拳は、ブレイ・ガノンの老いた体に練り込むように叩き込んだ。

魔力を失い、枯れ果てた体はもう、アル=ヴァンの一撃に耐えきる力など、残されていなかった。


体が、宙を舞う。


ベアトリーチェが覚醒し、少しの時間が過ぎた頃。

捕縛結界とは全く違う、寒くて真っ暗な漆黒の空間。

ベアトリーチェは、その空間でふわりと宙を浮いていた。

するとその空間全体に、男の声が木霊する。

「許せ、女よ」

どこか乾いたような声で、男は彼女に話しかけた。

金髪の髪をなびかす彼女は、木霊する声に首を左右に振って声の元を探した。

「あなたは…?」

しかし、漆黒のこの空間でそれを探すことはできなかった。

「我の復活の為に、お主を利用することになってしまい」

その声に、ベアトリーチェは少しの間、口を開かなかった。

そして、沈黙を破った彼女はゆっくりと口を開いた。

「覚醒の時、私はあなたのこと、私の存在理由を知りました。私は、あなたの為に造られた」

「──そうだ、老王の心臓という名の’鍵’の器として、お主を造り出した。許せとは言わん…」

少し小さな声で、男は謝罪した。

その声に、ベアトリーチェは力強い口調で言った。

「大丈夫です。すぐに、私を助けるために、あの人が来ます」

あの時叫んだ’助けて’という言葉。

その言葉が届いていると、彼女は信じている。

「あの人とは、七代目のことか?無駄だ、完全なる復活を遂げていない我だが、それでも奴は我に適う者ではない」


そう言った筈なのに、我は敗れた。

我は奴に敗れてなどいない。

そう、力を合わせて我を倒したのだ。

だが、我の負けに変わりない。

この初代魔王ブレイ・ガノンが敗れるとは。

──だが


「立て、ブレイ・ガノン」

「…あぁ…ぁぁぁ…」

仰向けに倒れているブレイ・ガノンに、左腕を右手で押さえながら見下ろすアル。

顔色は悪くないが、依然と頭や体全体からの出血が痛々しい。

そんな彼は息を荒くしながら話し、右手で胸倉を掴み上げ、体が宙を浮く。

老いた体の胸には拳の一撃によって刻み込まれた拳の跡が残っている。

その体は予想以上に軽く、両腕を力をなくして垂れているため、なるで人形のよう。

「ふ、我の…敗北だ、アル=ヴァン・ガノン」

「──ああ、貴様の負けだ、ブレイ・ガノン。貴様を逮捕する」

「それは……どうかな?」

力なくしていた体は、急にそれを取り戻し、両手で胸倉を掴んでいる右腕を持ち、それで体を少し懸垂して持ち上げ、両足を腹部に叩き込んだ。

それは、ぼろ雑巾のような体から出た力とは思えない脚力。

「…うぁっ!」

呻き声をあげるアルは、少しばかり蹴り飛ばされ、尻餅をつくがすぐに立ち上がる。

「死神よ、娘を我から取り除いたことは褒めてやる。だが、その娘だけが我の魔力源ではない!」

突然、話す相手を相手を上空に待機するレキに変えた。

「なにぃ?」

予想外の告白に、流石のレキも驚きを隠せない。

ブレイ・ガノンは足元に白の魔法陣を展開すると、体全体が魔力光に覆われる。

その魔力光は徐々に膨らんでいき、白色の球体へと変貌する。

それはまるで、ベアトリーチェが覚醒するときと同じように見えた。

その球体が砕け散ると、その中からはぼろ雑巾の体ではなく、強靭な肉体を取り戻していた。

「ば、馬鹿なっ!」

「甘く見たいな、心臓を魔力源としていた間、リンカーコアを少しずつ精製していたのだ。だが、それはほんの僅か程度だが、この肉体を取り戻す程度なら容易いこと」

再び訪れた脅威。

少しばかり離れていたワタルやレキも、瞬時にデバイスを起動して臨戦態勢に移行した。

だが、ただ一人アルは剣を構えることはしなかった。

「とはいえ、貴様のリンカーコアはほんの僅か、大魔法を発動もできまい」

「──その通りだ七代目。もう我にお主と戦う魔力は残っておらん」

目を閉じてエクスキューショナーを鞘に納める彼の姿は、敗北を認めた王の姿。

それを見た死神二人は、安堵の顔を浮かべて構えを解いた。

しかし王は、敗北を認めたが、逮捕されることに納得できなかった。

この全知全能の王を逮捕しようとは、なんとも舐められたものだ。

「──だが、逮捕される訳にはいかんな」

にやりと奇妙な笑みを見せ、指をパチンと鳴らす。

すると突然、アルの体にバインドが発生し、身動きを封じた。

「き、貴様っ!」

「「王さ──!」」

王様と、叫ぼうとした瞬間、二人にもバインドが発生した。

もちろん、バインドは二人だけではなく、レイルやベアトリーチェにも。

「ふ、ははは、はははははは!最後まで詰めが甘かったな、七代目よ!」

目を見開き、狂気に満ちた笑みを見せながら一歩ずつ、ゆっくりとした歩調でアルに歩み寄る。

身動きを封じられ、必死にバインドの解除を急ぐ。

魔力がないとは言え、エクスキューショナーの刃で首を跳ねることは簡単だ。

殺されるという恐怖が、彼の精神を覆い尽くしていた。

「「王様っ!」」

皆が叫ぶ中、ブレイ・ガノンは目の前まで迫った。

だが、鞘からエクスキューショナーを抜き取ることは無かった。

そして胸倉を掴み、お互いの顔を近づかせた。

「ここで首を跳ねたら、再戦ができなくなる。だから、生かしてやろう」

胸倉を掴んだ手を離し、アルの横を通り過ぎるときに耳元で小声で話す。

「ここで我を逮捕できなかったことを、後悔するがいい」

「…ちっ!」

歯軋りをし、悔やんだ顔を見せるアルに、ブレイ・ガノンは背後に回ると、足元に魔法陣を展開する。

周囲を見渡し、それぞれの睨み付けてくる顔を眺め終えると目を閉じ、頭上に魔法陣を展開した。

そして、体から白色の粒子を発生し、閃光が体から放たれると、彼は転移魔法で此処から消え去った。

王とそれに従える死神と、運命に翻弄された二人を残して。



次回予告

最終章「Immortality Emperor 不死の王」


あとがき

どうも、ご愛読有難うございます。
ついに、次回で最終章を迎えますー
丁度四十章で終わりということですね。いやぁ、長かったw
とはいえ、今回のSSはどうでしたかね、普段より少し長めに書きましたけど、終わり方が難しくてどう終わらせればいいのか分かりませんでしたので、かなり困りました。
頑張った結果がこれだよ!orz
はあ〜…もっと上手く書けるようになりたいですね…
とはいえ、試験が近いので来週は更新できませんので予めご了承くださいw
もとかしたら、さりげなくしてるかもしれませんが、期待しないでくださいー( -ω-)
さて、次回でいよいよ最終章、お楽しみに
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