▼第二章 
魔法少女リリカルなのは ワタル外伝

第二章「任務か、生か」


結婚から2年経ったとある日、任務から帰還する際、彼女は倒れた。

決して殺された訳ではない。

彼女は、病で倒れた。

人間の体は、死神とは違い、比較的に病に掛かりやすい。

里の者が皆、心配して彼女を看病した。

もちろん、その中に夫であるワタルも含まれていた。

里の一人が、ミッドチルダを訪れ、現地で有名な医師と助手数名を機材と共に、日が暮れる前に連れてきてくれた。

医師はすぐに、自宅に連れて行き、すぐに診察が行われた。

そして、医師は夫のワタルを呼び出した。

自宅のとある一室には、医師とワタルの二人しか存在しない。

重苦しい空気が、部屋を満たしていた。

医師は真剣な顔で、ワタルの顔を見つめながら口を開いた。

「彼女は、H型感染症という病は冒されています。──そのH型感染症は、高い高山にのみ存在するウイルスで、あなた方魔族、死神のような悪魔の体質を引き継いでいる体なら、感染することはないのですが、彼女は人間です。悪魔が持つ免疫力を持っていないのです。最悪、命を落とす事も」

「……で、この病は治るんですか?」

恐る恐る、眉根を寄せながら問う。

彼に高山に登ったり、飛翔魔法で頂上に訪れたことは記憶にあった。

任務や、日の出を見に行ったりなど、何度も高い所へは登ったことがある。

その問いに、医師は悲しげな表情見せながら言った。

「残念ながら、これと言った治療法は、現代医療では……しかし、できる限りの努力はさせて貰います」


話を終えたワタルは一人、通信を行っていた。

そのモニターには、老いた老人の顔を映し出されていた。

その老人は、死神の長である。

レイヌの病について、ワタルが話すと、老人は眉尾を下げながら話し始めた。

「H型感染症は『死の病』と言われており、古くから魔界に住む生物が稀に感染するものじゃ。とは言え、それは免疫力が少ない、珍しい者しか感染することはない。だが、その名の通り、感染すればこれと言った治療法がない為、命を落とすものがほとんどじゃ」

「妻は、レイヌはどうなるんですか…」

その問いに、長老は答えることができなかった。

奇跡というものが起きれば、助かる可能性はあるが、その奇跡が容易く起きるものでない。

死を宣告されたワタルには、絶望が渦巻いていた。

「──せめて、最後まで彼女の傍に居てあげなさい」

ワタルは、彼女が治療を受けている寝室を訪れた。

彼女が眠るベッドの周りには、ミッドチルダから持ち込まれた、多数の機材が並ばれていた。

そこには、先ほど対談した医師が、付きっ切りで看病していた。

「どうしたの、ワタル。何かあった?」

何も知らないような顔で、レイヌが力のない声で尋ねてくる。

「いや、なにもないよ。」

ワタルは、確かめたかった。

彼女は、H型感染症のことについて知っていたのか。

魔界に居続ければ、自分はいずれ感染するのを知っていたのか。

「レイヌ」

「ん?」

「H型感染症という病を、知ってるか?」

その言葉に、医師は驚いた顔でワタルの顔を振り向いて見た。

まさか、ここで告発するのではないかと思ったからだ。

彼女は、一旦彼との視線を逸らし、視線をワタルへと向けた。

「……うん、知ってるよ」

彼女の返答に、医師はさらに驚いた。

死の病と言われる、H型ウイルスに感染する覚悟で此処を訪れたということに。

「どんな病かも?」

「……うん」

ワタルの顔が強張る。

そして、眉根を寄せながら訊ねた。

「感染することも分かってて、どうして魔界へ来た?」

それは昔、彼女に訊ねたことと同じものだった。

何故、人間である彼女が、魔界を訪れたのか。

彼女がここへ訪れた目的は、何なのか。

レイヌは、瞼を閉じ、苦笑を浮かべながら口を開いた。

「あなたに出会う為」

「──何を馬鹿なことを!」

怒鳴るワタルに、彼女はニヤっと自分がよく知る美しい笑顔を見せる。

「……ごめんなさい、冗談です。30年ちょっと前、ミッドチルダである組織ができたの。その組織は、荒れ狂っていた各次元世界から質量兵器の根絶、ロストロギアの規制を今日まで働きかけてるの。私もその組織の一員で、きっとこれから大きな組織へと変わっていく。──その為、長寿で有望な人材を欲していた上層部の方々は、死神という種族に注目したの。だけど……今現在、その死神という種族が、どんな種族なのか詳しい事を調べるために、私はその調査をするためにここを訪れたの」

「だけど、お前はそんな素振りは…」

「──そう、私は任務を破棄した。あなたと出会って」

彼女は調査官として魔界を訪れ、当時魔王として魔界に君臨していた第六代目魔王テイク・クライアントと対談し、彼が知る’死神の里’の場所を知った。

そして、ワタルと出会った。

彼女は、任務ではなく、彼と生きていくことを選んだ。

ただ彼に、強く生きて欲しいと思って…

「その組織の人間たちは、任務を破棄したことついて、どうしてるんだ?」

「任務を破棄する前に、通信でここへは来てはいけないことを知らせました。──そして私は、ここで死ぬことも」

「……お前」

ワタルは下唇を噛み締めながら、ベットで上半身を起こしている彼女の元に近寄る。

姿勢を落とし、彼女の美しく綺麗な手を両手で握ると、全身を震わせながら顔をベットに沈めた。

彼の震えが、ベットを通してレイヌに伝わった。

ワタルは泣いていた。

我が身を投げてまで、任務を全うした彼女に対して。

何故、我が命を捨ててまで、任務を全うすることができのたか。

組織の一員としての誇りか?

それとも、何かの探究心が彼女を動かしたのか?

涙を流しながらも、ワタルは様々な思考を巡らせた。

だが、答えというものは出ない。

レイヌは、そっと彼の頭を優しく撫でる。

感染するのは高い高山の頂上あたりのみ。にも関らず、何故自分は頂上に登る前にでも、ワタルに言わなかったのだろう?

そんな、当たり前のような考えが、ふと彼女の脳裏に浮かぶ。

そうか、私は彼とずっと一緒に生きたかったんだ。

ずっと、傍に。

あなたが生きている限り、ずっと、どんな形であっても。

あの時は、ただ彼の隣に居たくて仕方なかったんだ。

だから、感染症のことも忘れて……

「顔を上げて。私の前で、泣かないでください」

彼女の言葉に、まるで子供が泣いたような顔を上げるワタル。

「大丈夫。私の魂は、常にあなたと共にあります。悲しむ必要はありません」

「レイヌ、俺は……」

彼女は、目を閉じて首を横に振った。

そして、彼女は彼の耳元で何かを囁いた。


─────首都ゲヘナ ゲヘナ城城内──


一人の老人が、城内を二人の騎士の間に入り、ゆっくりとした歩調で歩いている。

その老人は、魔王が居座る王座の間へと続く扉の前で立ち止まる。

「テイク・クライアント様、連れてまいりました」

「……入れ」

騎士の一人が、扉越しに第六代魔王テイク・クライアントに許可を得る。

すると、扉はゆっくりと開かれ、目の前に王座の間が広がる。

そして、二人の騎士は、王座の間に入ることは無く、老人が一人ゆっくりと足を踏み入れた。

老人の目の前に映るのは、黄金の座に居座り、こちらに見下すような目つきをしているテイク・クライアント。

禍々しい空気が、部屋を覆いつくす。

「ふん。死神の長という者が、この俺に何か用か?」

「はっ!魔王テイク・クライアント様、どうかこの老いぼれに力を貸して貰えないでしょうか?」

その老人とは、最高齢の死神、死神の長であった。

彼は、床に膝を着き、深く頭を下げて頼み込んだ。

「ほう……もしや、あの女か」

「あの、女と言いますと?」

「とぼけるな、長よ。レイヌ・ゲルンガイツ、ミッドチルダから来た女だろ。貴様の考えなど、お見通しだ。デバイスに、人の意思を取り込む技術を欲しているのだろう?」

狂気満ちた笑みを浮かべながら、話したテイク・クライアント。

老人は、自分の考えをそのまま口にされた事に驚き、目を見開いて彼を見つめていた。

「あ……その通りであります」

「ふん。まあ、貴様の頼みならば叶えてやっても構わんが……」

「もし断ると、言ったら?」

嘲笑うかのような目つきで話す。

それを聞いた長は、糸目だった目を見開き、待機フォルムだった絶影を起動させた。

(っ!?)

長は床を蹴り、小さな体で一瞬にしてテイク・クライアントの懐に飛び込み、絶影の刃は首を捉えていた。

「ならば、その首を頂戴いたします…」

「──ふふふ、ハーハッハッ!女の為にそこまで必死なるとは、流石は死神の長と言うべきか!いいだろう、技術者をそちらに送ろう」

彼は、自分の生命の危機を楽しむかのように笑みを浮かべ、絶影の刃を片手で軽く叩く。

了承を得た長は、安心した表情で彼から離れていく。

「下がれ、貴様と話すことはもう何も無い」

長は、礼を言うこともなく頭を下げて、またゆっくりとした歩調で、王座の間を後にした。

その姿を見つめていた、テイク・クライアントは。

「ふん。死神が、人間に恋するとはな…」



次回予告 最終章

「宿る魂」


あとがき

どうも、ご愛読ありがとう御座います。
短編も次回で最終回です。
気付いたら、レキの予告編を公開するのを忘れてました。すみません(´・ω・`)
最終章を更新するのは、今月になるかどうか怪しいですが、完結した後に公開できればいいかなと思います。
やはり、次回作にはワタルも登場するので、この話は先に書いてよかったかもしれません( -ω-)
さあ、そろそろ8月も終わりですねーやり残したことは無いか、ちゃんと確認しないと・・・
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