▼第三章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第三章「崩れ去った未来」


 とある空間内に響く重厚な金属音。その音が響くと共に金属同士が接触して火花を散らしている。
 周りには、無数の多脚型機械兵器が自分達を取り囲んでいた。
 爆音、悲鳴などがこの耳に微かに聞こえる。腹部を負傷し、戦場に倒れこんでいる身体は思い通り動かすことが出来ず、両腕を震わせながら身体を起こした。
 意識が遠退き、意識を確かめるように身体に力を入れると、血液が体内を逆流して吐血した。

「み…みん、な……は…?」

 不安に駆られ、仲間の安否を確認しようと息を切らせながらも周囲を見渡す。
 薄い意識の中、ぼんやりと視界が曇っているが見慣れたバリアジャケットと藤色の髪をした一人の女性だった。
 しかし、彼女を無数といえるほどの機械が包囲した。
 そして彼女の胴体に、鋭利な鎌が貫く。
 それは、戦場においては必然で、誰かが死に誰かが生き残る。目の前に映るは、スローモーションでその命が散っていく様が鮮明に見えてしまった。

「──────────!!!!!」

 目を見開いて何かを悲鳴らしきモノを叫ぶが、それは声として口から発せられることは無かった。
 その者の胴体を貫通していた鋭利な鎌が引き抜かれると、彼女は人形のように力を無くしてその場に倒れた。
 自分にとって大切な、決して自分の気持ちが伝わることがない相手だとしても、大事な人。
 その人が、死んだ。
 嘘だ…
 嘘に決まってる。
 ……嘘だっ!!
 自分の心に言い聞かせるが、レキのこの目は見てしまった。
 その命が散る様を。

「あああああああああああああああああああ!!!!」
 
 レキの目が血走る。顔を歪ませ絶叫しながら、手元にあった絶影を手に取って魔法陣を展開させた。
 頭に爆発的にできた憎しみが、死神を目覚めさせる。
 辺りに床に溜まった血溜りが、激しい紅蓮の炎へと変わり燃え盛り、彼の身体に纏わり付く。
 そして、地面を本能の赴くままに蹴り、彼女の元へ駆ける。

「どおおおおおおおおけええええええええええええええええええええ!!!」

 絶影の刃に炎が乗り移り、炎の刃を持った絶影がレキによって目の前に映る機械兵器を薙ぎ払って行く。
 一直線に彼女への道を切り開き、ついにそこに辿り着く。

「クイントさん!……クイントさん!!」

 身体を抱きかかえるとレキは気持ちに任せて、彼女を揺さぶって今でも泣きそうな声で必死に呼び掛けた。
 すると彼女は、呼びかけに応える様に吐血してゆっくりと瞼を開けると。

「……レキ、君……」

 次の言葉を言おうとすると、体中に出血している血液が逆流して吐血してしまう。
 それでも、クイントは話すことを辞めず、最後の力を振り絞った。

「生きて……!」

 強張った顔。
 レキは何も言うことも出来ず、ただ聴いているだけだった。
 そう言い放った彼女は、瞼を閉じて力尽きた。
 命の花びらの最後の一枚が取れた瞬間だった。


──────────!!!

 レキは驚いた様に目を覚ました。
 目の前に映るのは、見慣れた自室の真っ白な天井。その時、ようやく今見ていた映像が夢だと言うことを理解した。

「………………」

 この夢を見たのは何度目だろうか。
 ため息を零しながら身体を起こすと、ベットの近くに設けられている棚に目を向ける。
 棚の上には写真たてが置かれており、彼にとって大切な戦友達との集合写真が収められている。
 その写真には、もちろん彼が想うクイントの姿も写っている。
 この写真は、10年以上前に彼が一人の局員として、ゼスト・グランガイツという人物が率いていた隊に所属していた時に撮られたものだ。
 今でも大切にしている、大事なものだ。
 だが、’あの事件’以降その写真を見て彼の心が晴れることは無くなった。
 夢の中で起きた事は、紛れもない事実でレキにとって嫌でも忘れられない記憶。
 戦闘機人事件。
 全てを失い、何もかもが狂ってしまった忌々しい事件。
 九死に一生を得て、いまこの瞬間を生きているが、今でも助かって良かったのか考えてしまう曖昧な気持ちがある。
 
「もう9時か……」

 壁に掛けられている黒の掛け時計が、今の時刻を示している。
 普段8時前後に起床している彼にとっては、この時間は寝坊と言える時刻だ。
 いつもの私服に着替え、寝室を後にすると一階へ続く階段を眠そうな顔で下りていった。
 一階は夜はバーとしての仕事場となるが、それ以外の時間帯はキッチンなど私生活で最低限必要な物が設けられている階であるせいか、仕事の時間帯まではほとんどが一階で私生活を過ごしている。
 洗面所で眠気を吹き飛ばしたレキは、朝食を作ることも無く裏口から自宅を後にし、通勤ラッシュの時間帯を終えて一段落したミッドチルダに消えていった。



 ◇



 嫌々にキーボードを凄まじい速度で操作する男。
 機動六課の中に設けられた、部屋名が存在しない部屋。
 アル=ヴァン専用仕事部屋とでも言うべきだろうか。その本人は、頬をヒクヒクと歪ませながら電子書類を片付けていた。
 今頃の時間帯と言うと、新人たちは高町なのは教導官による厳しい訓練に耐えているところだろう。
 それを言えば、アル=ヴァンも戦技教導官と戦技教官の二つの資格を所持している。
 「A,V事件」により、6年間隔離収容所に収容されており、新暦71年に釈放して友人達とこうして共に仕事することが出来ている。
 それから2年近くの時間を掛け、魔界ではまだ幼かったが技術面で他の教導官達と一緒に、新人騎士たちに技術を叩き込んでいた事をミッドチルダでも生かせないかと思い、資格を取得したのだ。
 だが、今は書類に追いかけられる日々。
 すると、通信が着信したことを知らせる着信音が鳴り響く。
 キータイプを止め、一息ついてから着信した際に開かれたパネルを指先で叩いた。

「やあ、アル。ユーノだ」
「ユーノか。どうだ、死神レキについて何か分かったか?」

 モニターに映し出されたのは、巨大データベース無限書庫の司書長を勤めているユーノ・スクライア。
 なのはたち同様に、長い間付き合ってきた友人の一人だ。
 最近では、無限書庫の整理などに追われて実際に会う機会が減ってしまっているが、こうして通信して顔を合わせる事が多くなっていた。
 その理由は……

「僕なりに色々と調べてみたけど、彼が殉職したはずの事件の事なんだけど、情報らしきものは見つからなかったよ」
「過去の事件にも関わらず、それが見つからない……?」

 おかしい。無限書庫は過去の新暦以前の、遥か昔の出来事についても情報を持つ巨大データベースである。
 にも関わらず、数年前の事件についての情報が見当たらないのは不自然である。
 何者かが情報を削除したか、あるいはその情報自体が元々無限書庫に収められていない可能性もある。
 知ってはいけない、何かがある可能性も十分にある。それは唯一の生存者のレキがそれを物語っている。

「無限書庫にその情報が無ければ仕方ないな。悪いな、忙しいと言うのに無理させて」
「いいや、別に大丈夫さ。そう言ってるアルも、随分とめんどくさそうな顔をしてるね。また嫌な書類かい?」

 そう話されると、視線を外してため息を零す。

「まあな、しばらくはなのは一人で教導する予定だ。俺は皆と違うから、その分はやては、なのはに経験を積ませておきたいようだ」
「確かに君ら魔界組みは、僕らより長寿だからね。仕方ないんじゃないかな?」
「別にそれについて不満を言ってるつもりはないさ。だが、こうも長い間書類と付き合っていると、目が疲れる……」

 と目頭を押さえながら話すアル。
 そんな彼を見たユーノは、苦笑を浮かべてみせた。

「ハハハ、まあアルにそういう仕事は似合わないけどね」
「魔界に居た時は、こういうものは大抵リバルに頼んでいたからな。まさか、自分でやる日が来るとはな」

 魔界に居た時。それは、「A,V事件」が起こる前の頃の話だ。
 彼の国外追放が決まる前は、魔王として魔界ゲヘナに君臨しており、魔王としてこのような仕事をした覚えはほとんど無かった。
 彼が当時していたのは、政治や新人騎士たちの訓練を教導官として参加していた等、様々である。
 だが、そんな慣れない仕事も、既に管理局に入局していたなのは達に一から教わったのは身内だけの秘密となっている。
 そして、少しばかり世間話をして……

「じゃあ、そろそろ時間だから失礼するよ」
「うん。また何か調べて欲しかったら言ってね。力になるから」
「ああ、はやてにもそう伝えとく」

 そう言い互いに手を振り、通信を終わらせた。
 するとすぐに、アルは書類の処理を再開する訳でもなく、顎に手を当てて考え込んだ。
 頼りにしていたユーノからは手掛かりとなる情報が全く見つからず、正直予想外な事態だ。
 何か見つかればそこから捜査すれば、何かしら見つかるのではないかという期待を持っていた。
 どうすればいい……
 何を探れば……
 だが、答えというのもは既に頭の中にあった一つしか思い浮かばなかった。
 アルはため息を零しながら、背もたれに寄りかかると独り言を呟く。

「……あいつに頼るしかないか」



 ◇



 朝から快晴のミッドチルダに姿を消していたレキは、片手に野菜や果物、様々な物が入ったビニール袋を持ち、もう片方は他のお店で買ったと思われる茶色の紙袋を胸を使って抱えながら自宅に向かっていた。
 朝食は買い物をする前に、自宅から一番近いファーストフード店に立ち寄って軽く済ませた。
 メニューは少量のレタスと肉が二段重ねされたハンバーガーと、眠気覚ましとしてコーヒーを頼んだ。朝からかなりヘビーな朝食だが彼のお気に入りの品でもある。それでも彼の腹六分目ぐらいだ。
 もちろん、手に持った袋の中には自宅で調理してその腹を満たせる為の食材などが多数入っている。
 そんな好きな物を食べても、彼の顔が晴れる事は無い。
 心にぽっかりと空いた穴を埋めるためには、そんな物では到底埋めることは不可能だ。彼の心に空いてしまった穴は、余りにも大きすぎる。
 重い荷物を持ちながら、自宅へと続く裏路地のに入ると、自宅の裏口に一人の女性と少女がレキの帰りを待っていた。二人とも管理局の制服を身に纏っていた。
 管理局の犬が……
 と心の中で呟くが、嫌そうな表情を見せることなく裏口に歩み寄り、彼女達の前で立ち止まって二人を見下ろした。

「何のようだ、八神二佐」
「名前を覚えくれてたんですか。前回お逢いした際の時に話した、『戦闘機人事件』についてお話を聞きたくて──」
「──あんたらに話す事は無い」

 ’戦闘機人事件’という単語が出てきた瞬間、彼は彼女の言葉に挟んでそれを断った。
 どうせ調べても当てが無くて自分のところに来たのだろう。
 そんなことを考えながら、裏口の鍵を開けて自宅に入ろうとする。

「待ってください!」
「──しつこい」
「どうか、私たちの話だけでも聞いて貰えないでしょうか?」

 幼い声でありながらも、リインが強い口調でレキを引き止める。
 少女に強い口調で言われたことに対してか、それとも何度もしつこい事に腹を立てているのか、レキは顔を歪ませながらはやてに視線を向ける。
 目に映ったのは、リイン同様に真剣な眼差しでこちらを見つめているはやてだった。
 どう断っても帰りそうにないと観念したのか、レキは舌打ちをして正面入り口から入るよう伝えると、自宅に入っていった。



あとがき

どうも、ご愛読有難うございます。
一ヶ月以上ぶりの更新になりました。
まあ、このレキ編ですがアルサイドも書いていくので、StSアル編を読み返しながら書かないと、話に矛盾が出てくる可能性があるので注意したいです。



4/1 一部加筆と修正して改稿
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