▼第九章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第九章「死神とヒト」


訳が分からない。
ワタルがその光景を目にした時に、まず思ったのがそれだ。
視線の先には、怯え震えながらもこちらに拒否感を持った目線を向けるギンガ。
───どうして彼女が自分の部屋に居るのか。
 彼女は今にも泣き出しそうな顔をして、こちらを見つめている。
───どうして彼女があの本を持っているのだろうか。
 彼女は今にも憤怒の怒りを爆発しそうに、拳を震わせている。
───どうして俺は、こんなにも震えているのだろうか。
 彼女は、ゆっくりと拳を解いて開かれた本を閉じた。
 そして、一筋の涙が流れ、また一つ筋と、溜め込んでいた涙が溢れ出る。
 感情が溢れ出た。
 ワタルの身体が震え上がる。
 隊員が通る廊下だが、まるで二人だけしか存在しない世界に閉じ込められた錯覚に襲われる。
 ギンガは溢れる涙に、本を何のためらいもなく捨てて両手で顔を覆った。
 取り返しのつかないことになった。
 ここでようやく、ワタルは事の現状を理解した。
 ギンガは全てを知ってしまった。
 自分やレキの正体。そして、過去を。過ちを。
 泣いている彼女を再認識し、一体この状況で何をすれば良いのか分からないが、何よりも彼女が泣いている姿を見ている自分が辛くして堪らなくて、手を差し伸べた。
「───来ないで!」
 声と共に差し伸べた手は、彼女の振るう手によって拒絶された。
 言葉が詰り、身体が金縛りを受けたかのようにピクリとも動かなくなった。
 拒絶した手には、失望の念が込められていた。
 それにワタルは恐怖した。この一つの行動が彼女の今の全てを物語っていたからだ。
───来るな。
───触るな。
───見るな。
──バケモノ!
 そんな思いが、接触した手を通して頭の中で渦巻いて、木霊する。
 過去が蘇る。
 忘れていた遠い記憶。
 しまい込んでいた、地獄のような記憶。
もう二度と、思い出すことはないと思っていたのに。
───バケモノ!
───バケモノ!
───バケモノ!
 ヒトの姿をしておきながら、人間と悪魔の血が流れる異端の存在であり、その突然変異から生まれた生き物。
 死神。
 魔界を出たワタルは、”外の世界”では常に罵声を浴びさせられていた。
 ヒトを殺すことしか能が無いバケモノ。
 アレと関わったら殺される。
 外の人間は、魔界という世界の存在も知らず、死神という存在も知らなかった。だが、魔界と同じ生き方をしていく内に、自然と”死神”と称されていた。
 そしてワタルは、”死神をやめた”
 ヒトとして、生きていくことしか選択肢は残されていなかったのだ。死神としては、裏の世界でイキモノを殺し続けて、そのソウル(魂)を喰らい続けた。そうすることでしか、生きていく術が無かった。
 紛争世界を始めとした様々な世界を渡り歩き、ワタルはこの世界に辿り着いた。
 ミッドチルダ。
 この世界に訪れてから、ワタルの生き方が劇的に変化した。
 時空管理局の影響を最も持つこの世界は、ヒトとなったワタルを受け入れたのだ。
 決して完璧とはいえないこの世界だが、ワタルのような者達も少なくなかった。だからこそ、その一人として生きていくことにした。
 最愛の妻、レイヌと一生を生きていくために。
 そして何よりも今では、科学の力で死神の殺人衝動を抑えることができる。
 もうこれ以上、人を殺めずに済む。それだけで良かった。
 ワタルは死神をやめるというのが現実となったのだ。
 しかし、それで全てが終わったわけではなかった。
 自分がこの世界で生きていくためには、死神では無理だが、その自分の過去を記憶から完全に消し去ってはいけない。
 自分の為にも、ワタルはあの本に事の全てを今日まで記してきた。
 だが、いまこうして一人の女性に自分の正体が暴かれてしまった。
 もちろん、ギンガはワタルが死神だったとは知らなかった。
 まさか、そんな過去があったなんて知る由も無い。
 ギンガは混乱していた。
 自分が思っていたワタルという男への考えが、全てが覆された。自分の前で笑うワタルと、死神としてのワタルはこの本から読み取る限り、あまりにも離れた存在だった。
 殺人を生きる糧として生き、窃盗、拉致、様々な犯罪に手を染めていた男の手。ギンガが知るワタルの大きな手は、あまりにも紅い血に塗りつぶされていた。
 ギンガは思う。殺人を平然とし、それを隠しながらニコニコと笑いながら自分と仕事をするなんて、本当にできるのだろうか? それとも、そんな事も平然とできてしまう異常者なのだろうか?
 私はなにを考えているの?自分で考えて、ギンガは吐き気がした。
 ここに居たらずっとそのことを考えてしまいそうで、そんな自分が怖くてギンガは床を蹴って走り出す。
(嘘だ。嘘に決まっている。ウソに、きまって……!)
 ワタルを置いて廊下を走る。その彼は、何も声を掛けることも出来ず、ただ消え去る彼女を見つめる事しかできなかった。
 置いてかれたワタルは、ゆっくりと立ち上がり床に捨てられた本を手に拾う。
 自分たちの正体が知れてしまった事は構わない。だが、今彼女を追いかけずにはいられなかった。それは、焦っているからではない。どうすれば良いのか分からず泣いている彼女を、そのままほって置くわけにはいかない。
 例え彼女からどのような罵声が浴びされようとも、あの泣いている彼女の顔は二度と見たくは無い。天使のような笑みを持つ彼女に、もう一度笑顔になってもらうために。
 妻と瓜二つに近い彼女に、泣いている姿はあまりにも辛い。
 だからこそ、ワタルは走る。
 どこに走り去ったか分からない彼女の元へ。
 仕事中に行き来する隊員や、応接室で待たせている親父を無視して、廊下を全力で駆けた。
 彼女の匂いを頼りに、その場の匂いを瞬時に判別してそれを辿る。ワタルの足を用いれば、たとえ一般男性にも勝る脚力を持つギンガでさえもすぐに追いつくはずだ。
 “はずだった。”
 しかし、走り出して間もなくして、彼女の匂いは途絶えた。
 何故途絶えたのか、理由は分からない。だが、慌てるにはまだ早い。ワタルは、ゆっくりと辺りを見回る。
 すると視界に、一つの扉が入る。そこは、ギンガの部屋だった。普段は自宅に戻っている彼女だが、帰れない場合はこの部屋を利用している。
「ギンガさん……」扉の前に立ち、ゆっくりと深呼吸をしてから「ギンガさん。開けて下さい。貴方と話がしたいんです!」
「いやっ、話しかけないで……!」
 扉の奥からは、震える声が聞こえる。それは必死に叫んでいながらも擦れている声でとても小さかった。
「俺の話を聞いてくれ、ギンガッ!」
「……じゃあ、私の質問に答えてください。」擦れる声で少しの沈黙から、「”あれ”に書かれていた事は、本当なんですか?」
 言葉が、胸にズキンと突き刺さる。核心を突いたその問いに、胸がはち切れそうになる。
 だが、それでもワタルは恐れない。
「───ああ。本当だ」
「!!」
「扉を開けなくてもいいから、聞いて欲しい」
 彼女が何か言い出す前に、ワタルは口を開いた。一方的なのは分かっている。だが、それ以外の方法が今の自分にはなかった。
「確かに、この本に書かれている事は俺が今日まで生きてきた全てを記した真実だ。俺が死神という異端な存在というのも、人を殺し続けなければ生きていけないというのもそうだ。」ワタルはサングラスを外して、「だが、誤解しないで欲しい!俺はこのミッドチルダという世界を訪れてから、一度も殺しはしていない!だからと言って、許してもらおうとは思わない。だけど、ギンガ。君の前では!貴方の前では、死神ではなく”ヒト”として居たいんだ」
「お願いだから、泣かないで欲しい。貴方の泣いている姿は、俺には、耐えられない……」
 気が付いたら、自分の声も震えていた。いつから震えていたのか、それは分からない。
 これで正しかったか?
 自分に問うが。答えは当然出ない。その答えは、ギンガが出すのだから。
 目の前の扉が、聞き慣れた開く際に出る音と共に開いた。
 目の前には、ワタルと同様に扉の前で佇んでいたギンガが一人、俯いていた。
 扉が開いた事に、安堵を見せて笑うワタルだったが。
 ギンガは下げていた頭を上げ。

直後、鬼のような強張った顔で左からのストレートが繰り出した。

 ふぎゃあ!という声と共に、左ストレートが顔面に突き刺さる。
 ワタルの身体は瞬く間に、背後にある廊下の壁へと激突し、両手に持っていたサングラスと本が宙を舞う。それを見つめながらワタルは思う。
 多分、これで良かったのだろう。と





 その頃、自宅に戻り必要最低限の応急処置を施したレキは、私服からバーテンダーをイメージさせる白のシャツに黒いベストを着て、そして黒のネクタイを結んで仕事モードへと変わっていた。
 さっきの戦闘について色々と気になる点は多いが、日がすっかりと落ちて暗い夜のミッドへと変わっていた。レキのバー『Devil Tear』は、毎日のように常連客に賑わう。定員が10も満たないほどの小さな店だが、客が絶えることは無い。その理由として、レキ自身にあったりする。
 訪れる客の種類は数えて3つほどだろう。一つはレキが作る酒を愛し、日々訪れてくる客。もう一つはレキがミッドチルダに訪れる前、殺人や汚職に手を染めていた頃の彼を知る”仕事仲間”たちだ。最後は、手を引いたレキを再び闇に引きもうとする者たち。
 だが、それはある意味ではレキにとっては重要な”窓口”となっていた。
 一般人では決して耳に入ることの無い情報を入手することが出来、さらに相手によっては情報の詳細を聞きだすことも出来る。
 そんな時間帯によっては危険な店内と成りうるバー『Devil Tear』だが、レキは負傷した背中を消毒して包帯でグルグル巻きにして応急処置を済ませた。本来なら、病院に行くべきだがレキは基本的に病院が嫌いである。一昔で常に戦場に赴いて傷の治療は自分で行なっていたレキにとって、傷の治療を他人に任せたくないのだ。確かに現在の医療技術は、凄まじく進化しているのは理解できる。それでもレキは、どこか意地を張って基本的に自分から病院に行くことはない。
 玄関のドアを開けて表に出る。くるっと振り返り、ドアに掛けられた手の大きさほどの『CLOSED』と書かれた看板をひっくり返して開店を意味する『OPEN』の文字が現れて、それをドアにしっかりと掛けると、すぐに店内に戻る。
 開店作業を終え、カウンターの前に立つ。
 レキの後ろには、巨大な棚が横一杯に設置されていてそこには、カクテルを作る際に使用されるシェイカーやバースプーンを始めとした調理器具と共に、無数とも言える酒とジュースや甘味料が入ったボトルがズラリと並んでいる。
 それぞれは綺麗に並べられており、どこに何があるかは全て頭の中で記憶されている。
 レキはもうこれから誰か来て、そして何を頼むか分かっているかのようにシェイカーとバースプーン、そしてあるカクテルを作るために材料を棚から冷蔵庫やらとかき集める。 
それを終えて一息をつくと、ドアに付けられたベルがカランコロンとその音色を鳴らして、ドアが開いたことをレキへ伝達する。
 そして一人の白のスーツ姿の男性客が現れ、それを見たレキは見た目には似合わない営業スマイルで客にこう言う。
「……いらっしゃいませ!」





 翌日。とある応接室でワタルは床に正座していた。というより、”させられていた”。
 ワタルが顔面ストレートを受けたときに、部隊長であるゲンヤ・ナカジマが良いタイミングで現れたのだが、もう日はすっかり暮れているということもあり、その件は翌日へと繰り越された。
 レイヴンはその件を聞いて、また来ると言って隊舎を後にした。
そして、午後10時頃。自宅に戻ったナカジマ一家。ゲンヤはまず、この件について娘であるギンガに話す前に、1つの事実を打ち明けた。
 ゲンヤは、ワタルの秘密を全て知っていたのだ。遡ること、ワタルが陸士108部隊に所属する際に、ワタルはゲンヤにあの本を見せて自分の正体を明かしていたのだ。
 それを知ってなお、彼を受け入れた。特別な感情はない。打ち明けたワタルに感銘を受けたからではない。生まれや経歴なんて関係ない、ワタルの正体を知ったところで細かい事情なんて知らない。
 それでも、ワタルがどのような過去を持っていようと、今ここに居るワタルが血塗られ狂気に満ちた異常者とは思えない。それとは逆に、正義感に満ちた男に見えたのだ。

 そして、そんなワタルは顔を上げて前を見る。
 そこにはギンガが子猫のように震えながら、父親であるゲンヤに寄り添っていた。
「やれやれ。ゲンヤ三佐、うちの息子がご迷惑を掛けたみたいで申し訳ない。それに、ギンガさん。私からも謝らせて欲しい。すまなかった」
「いや、俺も黙っていてすまなかったギンガ。いずれ話すつもりだったが、こんなにも早く分かってしまうなんてな」
「ワタルよ、お前がしっかりと管理していなかったからこのような事になってしまったんだぞ?分かっているのか」
「………、」
 ワタルはこの気まずい雰囲気に、思わず頭を掻きながら視線を落とす。
 確かに、自分の管理態勢の甘さがこのような事を引き起こしたのは間違いない。だが、ワタルは考える。どうして、ギンガはあの本を自分の部屋に入ってまで見たのだろうか。
「ギンガさん、どうして俺の部屋に入ってまで、あの本を?というか、あの本がどういう本だったのか知っていたんですか?」
「……え?それは……」
ギクリ、とギンガは黙り込む。それを見て、ゲンヤとレイヴンは首を傾げる。
ワタルは思う。あの本は、誰かがギンガに本について”何らかの情報”を与えない限り、彼女が本に手を伸ばすわけが無い。ましてや、あの本についてはゲンヤ以外の隊員に一切話した覚えもなく、見せたことも無い。
ならば、思いつくのはただ一つ。
この出来事に、他の誰かが関与しているということ。
「……なるほど」独り言のように呟いて、「ギンガさんが何も言えないという事は、誰かがギンガに俺について言いふらしたということですね」内ポケットにしまい込んでいたサングラスを掛けて立ち上がる。
「そ、それは──」
 瞬間、何か言い出そうとするギンガに向けて、手を掲げてギンガの言葉を遮ると、「いや、無理に否定する必要は無いはずですよ。それとも、あれですか?あなたは、自分の意思で誰かの部屋の扉が少し開いていて、そこから一冊の本が見えただけで、勝手にその部屋に入り込んでその本の中身を見てしまうような非常識な人間なんですか?」ワタルは腕を組んで、「いいや、そんなはずはない!ギンガさんはそんなことをするような人ではないというのは、私は十分知っています。それは、父親でもある部隊長もそう思っているはずです」
 マシンガンの如く、ワタルは自分の憶測をギンガにぶつける。
 ギンガの喉は、砂漠のように干上がっていた。
 自分があの本を手に取る前は、ワタルの部屋の扉が微かに開いていて”あの本”を見つける事が出来るかもと思い、彼の部屋に侵入した。
 だけど、それは……
何か思いついたように、レイヴンがワタルに視線を向ける。
「ならば、もしお前の考えが正しければ、その言いふらしたという者は……」
 ワタルは縦に頷く。
「ああ。俺達の正体を知っている者なんて、限られた人間だけだ。或いは……」
「お前たちのような同族、ということか」
 ゲンヤとレイヴンの言葉が歯車のように噛み合って、一つの答えを導き出す。
「………、」
 答えが出れば、後は簡単だ。
 ワタルは手を顎に当てて、これからどうするべきか考える。

その時、ギンガの元に連絡が入る。

 ピピピとアラートが鳴り、何事かと思いギンガは、すぐにモニターを展開してそれに応える。
「はい。ギンガ・ナカジマ陸曹です」
『ギンガ?カルタスだ。とある横転事故で捜査員を送ってたんだが、ちょっと妙な物を見つけたらしくね』
 通信に応えると、相手はギンガの上官であるラッド・カルタスだった。
 カルタスは眉をひそめながら『ちょっと、ワタルと一緒に来てくれないかな?近くにワタルはいるかな』
「──え?それって、どういうことなんですか?」
「どうしたんですか、ギンガさん。ぁ、カルタス。何かあったのか?」
 ワタルがモニター上に現れたのを確認すると、カルタスは右へ左へ、周囲の様子を見渡してから目を細めて。
『現場でガジェット・ドローンが発見された。それに、奇妙なことに生体ポットも発見されている』
 二人の身体がゾワリ、と凍りつく。
 ガジェット・ドローン。その単語を耳にして、悪寒が二人を襲う。
 そんな二人を他所に、カルタスは話を続ける。
『君たちが追っている事件と何かしら関係があるかもしれない。だからすぐに現場に向かって、捜査員と合流して欲しい。部隊長、それでよろしいでしょうか?』
「ああ。分かった。すぐにそっちに向かわせる!」
車に乗ったら連絡してくれ、と言い残すと通信は切られた。
そして、ギンガは隣に通信に参加していたワタルに顔を合わせて、互いに頷き合う。
「いけ、ワタル」
手掛かりを目の前にした二人を目にし、レイヴンは笑う。
「二人とも、気をつけるんだぞ」
部隊長の声に、二人は敬礼で応えて出撃した。



あとがき
ご愛読有難う御座います。
どうも、レキです。如何でしたか?
今回は、ワタルの過去についてや、レキのバーテンダー姿を描くことができました。
レキに関しては、バーテンダーとしての姿は前からずっと書きたくて、今回書けて良かったです。
それはワタルも同じことなんですけどね。
今回の最後に、カルタスからの通信なんですが、実はあれは魔法少女リリカルなのはStrikerS第10話の話で、本来ならギンガ自身が横転事故の現場検証に行っているんですが、今回はこんな形で変更させて貰いました(-ω-)
まあ、自分のSSを前から読んでもらっている方なら、そろそろあの人が登場するわけですが、そこの話はまだ手をつけていないのでじっくり書いていきたいと思います。
というわけで、次回もどうかよろしくお願いしますー!

とある魔術の禁書目録、原作めっちゃ面白いよ……!
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