▼第十章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第十章「死神の最も長い一日」


 ギンガを乗せたワタルの愛車はカルタスからの通信により、横転事故があった現場へ快晴の空から陽が燦燦と降り注がれるミッドチルダを爆走していた。
 相変わらずの荒々しい運転に、ギンガは未だに慣れることが出来ず口を抑えていた。
 その横の運転席でサングラスを掛け、自分の運転に酔っているように引き裂かれたような三日月の笑みを浮かべながら、愉快に笑っていた。
 それを見てギンガは初めて、そんな顔をしているワタルが本当のワタルなのだと、”死神のワタル”だと理解した。普段では絶対見せることは無い、歪んだ笑み。車が大が付くほど好きで、その理由は速さを求める彼にとって車は、彼自身と似ているからかもしれない。
 そうして走らせていた車は巨大ショッピングモールの地下駐車場の中へと入り、横転事故の現場に到着した。
 車内からは、街中や高速道路でよく目にする運送用トラックが横転しているのが目に入る。何か散乱しているようだが、少し離れていてよく分からない。
 適当な場所で車を停車させて降りると、車を挟んでサングラスを外したワタルが姿を見せる。その顔には、先程の狂笑はなくなっていた。
「ギンガさん、大丈夫ですか?」
「………、え?」
 はっ、と我に返ると車を挟んだ場所に居た彼が、いつの間にか真横に立って心配そうにハンカチを差し出していた。死神から見れば、ギンガはかなり酔っていて顔色が悪く見えたようだ。
 彼の気遣いに感謝したいが、ハンカチは受け取らなかった。それより、現場に先に到着し、カルタスに報告した担当者に会うのが先だと考えた。
 少し辺りを見渡しながら歩いていると、それはすぐ現れた。
 茶色の瞳に茶髪のロングストレートの女性。それは、ギンガの同期の隊員だった。彼女は、こちらが気付く前から気付いていたのか、こちらに向かって歩み寄っていた。
「ギンガ陸曹とワタル陸曹、お待ちしていました。こちらです」
 彼女に先導されるように、後を付いていく。ギンガは改めて現場を見渡すと、横転したトラック付近には散乱している。だが、それらは全て缶詰や衣類がほとんどで、現場の到着前に聞いたトラックが爆発したという話を思い返すと、これらが爆発するとはとても思えない。
 女性隊員(同期)が足を止める。それに連動するように、二人の足も止まる。
 彼女の視線の先には、スクラップとなったカジェット・ドローンT型が横たわっていた。
 既に機能停止の状態になり、本体には何らかの爆発により数十センチほどの大きな穴が空いていた。
 そのスクラップにワタルは歩み寄り、細部に渡って本体の様子を伺いながら口を開く。
「ガジェットは、この一機だけですか?」
「はい。でも、どうしてトラックを襲ったのかよく分からないんです」
 説明を受けるとスクラップなどどうでも良いと思わせるため息をつく、立ち上がって顔を横に向けて二人が一番気になっていた生体ポッドの残骸に目を向けた。
 女性隊員に付いて行くことなく、自らそれに歩み寄ってしゃがむと、ガジェットと同様に覗き込むように見つめた。
 そこでピタリ、とワタルの身体の動きが止まる。それを見て、ギンガも驚いたように足を止めた。
『ギンガさん。これは……』
『多分、人造魔導師計画の素体培養器だと思います……』
 人造魔導師計画。
 そして、その素体培養器。
 今回のこの事件、何かある。
 悟ったワタルの目の色が変わると、辺りを何か必死に探すように見渡す。それに連れて、ギンガも同じように彼が何を探しているから分からないが、何か手掛かりはないかと目を巡らせると生体ポッドの近くの床の色が変色していた。
「ワタルさん、これ!」
指を指してそれを示す。それに目を向けると、何か物を引きずった跡のような痕跡が残されていた。重いものを引きずった、確かな手掛かり。
 それは少しばかり続き、とあるマンホールまで続いていた。
 ワタルはすかさずマンホールの蓋を開ける。するとそこには、地下水路へと続く”穴”が現れた。
 自分に確信を得させるために、膝を折って姿勢を低くして顔を”穴”に突っ込む。
穴からは、ヘドロや腐敗臭に似た臭いが立ち込め、近くでその様子を見ていたギンガたちは口と鼻を覆う。
 そんな異常者と思えかねない行為をしているワタルは、くっさぃ!と吐き捨てて、穴から出ると歪んだ顔で現れた。額には変な汗が流れていた。
「……ここから、人間の子供らしき臭いが残っています。多分、間違いないでしょう」
「──えっ。ワタルさん臭いでそんな事も分かるんですか?」
「……まあ、”あれ”なんで……」
 その言葉にギンガは思わず、ぁ、と言葉を漏らす。
 そう、目の前で必死に手掛かりを探っている男は、”死神”。
 人間の姿をしておきながら、異端な存在。
 ギンガは眉をしかめて、昨晩のことを思い返した。
 自分は彼を拒絶してしまった。
 しかし、今目の前で必死に手掛かりを探しているワタルを見て思う。
 彼は彼で、自分は自分。
 生まれが少し違う。ただそれだけだった。
 そう、ただそれだけの話なのだ。
 ワタルをそんな目で見てしまったら、私も自分の事は言えないのだろうか?
 ギンガは自分に問う。
 答えは、答えるまでも無かった。
 そう考えていた時。
「!!」
 突然の通信。相手を確認するとワタルは慌てて通信に出てモニターを展開する。
「おう、そっちはどうなっている?」
 相手は、部隊長だった。
「はい。現場に到着し、生体ポッドの調査を行なったのですが、どうやら中に入っていたのは子供だったようで、5,6歳ぐらいだと思われます。しかもその生体ポッド、人造魔導師計画の素体培養器にとても似ています」
「本当か!」
 ワタルの報告に、ゲンヤが声を上げる。
 興奮しているとは違い。どこか驚いているその声と表情にワタルはどう対応すれば良いのか困った。
 そんなワタルなど気にすることもなく、ゲンヤが少し腕を組んで考え込み始める。どんな事を考えているのかは、分からない。だが、言葉が出るまで待つことにした。
「……悪いんだが、お前達にまた仕事を頼むことになる」
「なんでしょう?」
 その言葉に反応したのか、ギンガもモニターを覗く。
「先ほど、サードアベニューF-23の路地裏でレリックが入ったケースを持った少女が機動六課の隊員に保護された」
「レリックを持った少女……まさか」
 ゲンヤの話は続く。
「多分そのまさかだろうな。それに釣れて、ガジェット・ドローンも出て来てるんだ。そこでだ、お前達はこれから機動六課に連絡して作戦に参加して欲しい」
「どういうことですか?いくら調査協力をしているとは言え、そのような作戦に参加するなんて」
「いや。普通なら、こんな事にはならねぇんだが、今回出てきたガジェット・ドローンの数が普通じゃない。どう見てもレリックと保護された少女を狙っているとしか思えない」
「それほど相手にとっては、重要なモノだと?」
「恐らくな。だからこそ、今回は特別だ。頼む」
「……了解です。ギンガさんもいいですね?」
「はい!」
「じゃあ、頼むぞ」
 ゲンヤはそう言い残し、通信を終えた。
 そして二人は、現場を女性隊員(ギンガの同期)に任せることにし、機動六課へ作戦の参加を要請した。ギンガは部隊長である八神はやてから直接通信して許可を得た。
 一方、ワタルはギンガと共に作戦参加の許可を得たのだが、それとは別にレキも参加できるように要請して貰っていた。それは直接通信ではなく、文章でのものだった。
 レキが参加する気があるかどうかは分からない。しかし、ワタルは察していた。今回の戦いにおいて必ず何かしら、『戦闘機人事件』についての手掛かりが現れるのではないかと。

 そして二人は、現場を後にしてショッピングモールの玄関に居た。
 ワタルは愛車を地下駐車場から連れ出し、これからレキの元へ向かうところだが、ギンガはこのまますぐ現場に戻って、それから地下水路に侵入。そして、機動六課のフォワード陣と合流することになっている。
 しかし、二人は車のドアを挟んで黙り込んでいた。
 どちらかが言い出さなければならない、気まずい雰囲気。どちらとも、言いたい事はあるというのにも関わらず、言えないでいた。
 風邪の音だけが、微かに聞こえる静寂。
「ぁ、あの……!」
 その静寂を破ったのは、彼女だった。
 その勇気ある一言に、ワタルは眉一つ動かさず次の言葉を待った。
「……昨日は、ごめんなさい」
 その言葉に、ようやくワタルの緊張した顔がほぐれる。
 今考えれば、あの時の彼女の行動は無理もないと悟る。
 今まで、普通のごく当たり前の隊員で、いつも彼女を迷惑と思わせるぐらいに追いかけて、共に戦っていた仲間だと思っていたにもかかわらず、それが血塗られた異端の存在と知れば、誰だってああなるだろう。
 なんせ、彼女の中では裏切られたようなものなのだから。
 だが、彼女はこうして今、自分に謝っている。
「私、ちょっとショックで……あの時はもう何が何だが分からなくなってしまって……だから──」
 彼女の言葉をワタルが遮る。
「──大丈夫です。大丈夫ですよ、ギンガさん」
 男は、いつも通りの笑顔で応えた。
 毎日挨拶する度に見せる、あのいつもの笑顔で。
「隠していた事は、改めて謝ります。ごめんなさい」
「そんな……」
「ですけど、これだけは分かって欲しい。俺たち死神が、この世界であなたを騙し、侮辱し、傷付けるつもりは全くありません。むしろ、共に生きていきたい」
 ワタルはサングラスを内ポケットから手にとって掛けると、「だから、せめて弟だけは受け入れてやってください」
 それは、せめての思いだった。
「これから、スバルに会うんですよね?宜しく言っといてください。俺は彼を向かいに行かないといけないんで」
 そして、じゃ!という掛け声と共にワタルはアクセルを踏み、車を発進させた。
 ぁ!と声を上げるギンガは、それを追いかける。
 それを予知していたかのように、窓からワタルの顔が現れる。
「あまり引きずっていると、作戦に影響しますよぉぉぉぉ!」
 そう言いながら、両手を突き出して思っていき手をこちらに振っていた。
 というか、両手を出しているというのは、ハンドルを握っていないことになる。
 それに気付いたギンガは慌てて大声で、「ワタルさん!ハンドル!ハンドル!!」と声を荒げた。
 その声でようやく気付いたのか、我に返ったかのようにワタルは体を車内に戻して慌てて運転を再開した。
 幸い、誰にも何処にも衝突することなく、車はショッピングモールから走り去っていった。どうやったら、事故にならないのか不思議でならない。
「………ふふ」
 立ち尽くしていたギンガは、気が付いたら笑っていた。
 なんて無茶な人だろう、とギンガは呆れる。
 けれども。
 そんな無茶で、変なところが乱暴な彼が、ギンガは好きだった。
 昨晩あんなことを知ってしまったにもかかわらず。
 けど、それでも良いのだと思う。
 生まれ方が違った。ただ、それだけなのだ。
 ただ、それだけの話。
 ギンガは笑みも含んだため息をつくと、凛とした輝きを持った瞳で、自分が向かうべき戦場へと向かった。





 男は、自慢のバイクに跨ってミッドの街を疾走していた。
 しかし、ここは自慢のバンクを自由に走らせてミッドの空気を堪能して良い気分になりたいはずだが。
 生憎、今の彼のご機嫌は最悪と言っていいほど不機嫌だった。
 というより、簡単に言うとイライラで心が一杯。
 理由は、少し遡ること少し前、ミッドの街にガジェットの大群が現れた事を知った時のこと。

バー『Devil Tear』

 店には、一人だけ客が居た。多少の談笑があったが、そんなのはどうでもいい。
「外が騒がしいな……」
 外の騒音に、レキは氷水で冷やしたグラスを丁寧に拭きながら独り言のように呟く。
 騒音の理由、その一。
 近くで軍用ヘリが飛んでいる事。
 その二。
 どこぞの多くの航空隊が、ここの上空を飛行している事。
 その三
 遥か遠くから、何か分からないが爆発音が何度も何度も聞こえる事。
 これらが結びつく答えは大体一つ。
 テロかガジェット・ドローンが現れた。ということ。
「おやおや、緊急事態ですか?」
「お偉いさんのあんたが、こんなところに居ていいのか?」
レキが言う”お偉いさん”は、スキンヘッドの頭に黒のサングラスという、どこかの映画で出てきそうな悪者の容姿をしていた。
「これぐらい、他の幹部がなんとかします。なにより、相手がガジェット・ドローンなら機動六課が動くはずですから、自分の出番はありません」
「あっそ……ボンド・マティーニです」
 素っ気無く言い捨て、注文の品を差し出す。
 男は、ありがとう、と礼を言ってそれを一口口に含む。
「つーかよー。あんた、どうしてこの騒動の原因がガジェット・ドローンだって分かるんだ?」
 彼が店を訪れるまで、騒動は起きていなかった。にも拘らず、男はその原因を知っている。
 おかしい。
 この男、何か知っている。いや、それどころかそれを俺に教えに来たとでも?
 彼の問いに、男は怪しい笑みを見せながら。
「さて、何故でしょう?」
 二人しか居ない店内が、一瞬の沈黙に包まれる。まるでここの空間だけが、時が止まっているかのように。外では、戦闘を物語る爆発音が鳴り響いているというのに。
 その沈黙をバン!というカウンターに左手を力のままに叩きつける音が破り、残った右手で相手の胸倉を掴んだ。
 男は笑みを崩さない。
 ただ、狂笑をこちらに見せ付けてくる。
 相手の反応を楽しんでいるかのように。
 レキは犬歯を剥き出しにし、さらに胸倉を締め上げる。
 少しして、流石に懲りたのか分からないが、男は瞳を閉じると口を開けた。
「少し前、とあるショッピングモールの地下駐車場にて、とあるトラックの横転事故がありました」
「何を言ってやがる……」
 男は話を止めない。
「そこには、大破したガジェット・ドローンと生体ポッドがあったそうです」
「生体ポッド?」
 普通のトラックの中に、生体ポッドが入っている訳が無い。
 話はさらに続く。
「しかも、その生体ポッドは君がよく知っている物だ。そして、その中に居た少女は、なんと!レリックを持っていた……」
「レリック!!」
 レリック、自分がよく知る生体ポッド、少女、外の戦闘、ガジェット・ドローン。
 これからが結びつく答えは……
「おいっ!どうしてそんなこと俺に教える!?」
 声を荒げる。
 もはや、怒っているより本能のままに目の前の獲物に喰らおうとする獣だった。
「さて、どうしてだろうな。君の、その顔が見たかったからかな」
 ハハっ、という笑みと共に、狂気に満ちた歪んだ笑みを男は見せる。
 もはや、どちらが獣なのか分からない。
 レキは男を椅子に叩きつけると、慌てて店を飛び出す。
 そんな彼に、男を声を上げる。
「何処に行くんだ?」
「お前の知ったことじゃねぇ!!」
 レキの返答に、呆れた男はため息をついて。
「レリックを持った少女が発見されたのは、サードアベニューF-23の路地裏だ。せいぜい、頑張るといい」
 怒りが再び爆発し掛けた。
 しかし、それよりも今は現場に向かう必要があった。レキは我慢して犬歯を剥き出しにして怒りを堪えることしか出来なかった。
 何故、この男がレキに情報を与える理由が分からない。
 何よりも敵である管理局の上層部の者が直々にこうして情報を与えることが、腹立たしくて仕方なかった。
 それに従う自分にも、一番腹が立っていた。
 だが、情報源を持たないレキにとって、その情報は天からの贈り物にも等しいものだった。
 それほど大きな情報だったが、全てが本当かは分からない。
 そんなこと重々承知していた。目の前が真っ暗なら、少しでも光がある方に行くしかないのだ。
 
 そして、レキはバイクに跨ってミッドを疾走していた。
 目的地である、サードアベニューF-23の路地裏に向かって。
 信号待ちなんて、していられる余裕は無かった。そんな苛立ちが、さらにレキの心を不安定にする。
 信号が青に変わって急ごうとした時、遠くからもの凄い爆音と共にカーレースを連想させるようなスポーツカーのエンジン音が迫っているのが分かった。
 そのエンジン音に、レキは聞き覚えがあった。
 どんな事にも速さを求め、愛車を魔改造してとてつもない速さを得た独特のエンジン音。
 すると、反対車線から彼の予想通りに、兄ワタルが運転する黒の乗用車が現れた。ワタルは既にこちらの存在に気付いているようで、誰も歩いていない横断歩道を遮るように荒々しいドリフトを使い、レキのすぐ隣で停車させた。
「レキ!ここに居たのか!」
「兄貴……どうした」
 呆れた顔で訊く。
「ガジェットが現れた。お前にも、機動六課の作戦に参加してもらう為に来たんだ」
「はあっ?」
「とりあえず、時間がない。付いて来い!」
「ぇ?……ぉ、おい!」
 そう言い、自分を探していたというワタルは、自分を置いて先に車を発進させてしまった。
 正直、あまりの早口言葉で何を言っていたか半分分からなかったが、とにかく機動六課に協力しろ。ということだけは理解した。
 レキは慌てて彼を追うように、バイクを発進させた。
 機動六課。
 レキは再び、八神はやての接点を交えることになった。
 そしてその結果、彼の前に何が起きる事になるのか、彼はまだ知る由も無かった。 



あとがき

どうも、ご愛読有難う御座います。レキです。
相変わらずのマイペース更新でございます。
何かここ最近、これでいいのかな凄く疑問に思うんですけど?w
大丈夫なんでしょうかね?これでいいんでしょうかね?(´・ω・`)
とりあえず、今回は一気に書き上げた感じなので、誤字のオンパレードかもしれません……跡でちょっと修正できたらしておきます。
矛盾点が見つかるかもしれませんが、多分大丈夫だと思いたいです(゚Д゚;)
今回のSSの最初辺り、ちょっと変な点があって書きなおしたりしてこんな時間になってしまったんですけどね。
まあ、以後はそういうのは前々から気をつけていきたいものですね(-ω-)

とりあえず最後に、涼香さんお引越しお疲れ様でした。
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