▼第十話
「羽の舞う軌跡」第十話「羽のぶらり本局 パート2」
羽は預けられたデバイス、elemental slashを待機状態にしてデバイス修理工房を出た。
「これから一週間よろしくな、エレメンタルスラッシュ」
[こちらこそよろしくお願いします]
「え!?」
羽は稲妻のような形をしたアクセサリーから声が聞こえたような気がした。
思わず聞き返してしまう。
「今のって…?」
[どうかしましたか?]
やはり宝石から声が聞こえる。
「もしかして、エレメンタルスラッシュってインテリジェントデバイスなの?」
[いえ、私はアームドデバイスに分類されています。ちなみに私自身に名前はありません、elemental slashはデバイスの名称です、私は実際の戦闘を知りません、なのであなたから色々教わるようにマイスター・シャリオより仰せつかっています]
否定はされたものの話し方がしっかりしている。
なかなか礼儀正しいデバイスで好感がもてる。
「そうなんだ、じゃあ君のことはエルスって呼ばせてもらうよ、まだエルスみたいな逆刃の薙刀を使っての戦闘はしたことがないけど君の勉強にもなるようにがんばるよ」
[よろしくお願いします、マスター・羽]
「マスターはあんまり慣れないから普通に呼んでくれたほうがいいんだけど…」
[マスターはマスターです]
なかなか頑固なデバイスだ。
思わず顔がひきつる。
「そう…あ、そうだ(はやてさん、今から戻ります)」
羽はひきつった顔を戻し、はやてに念話を繋いだ。
「(あ、やっと用事終わったんやね、ほんなら早よう戻ってきてな、待っとるよ)」
「(わかりました、なるべく早く戻ります)」
「(ほんならまた後でな)」
「(はい)」
はやての声が会った時よりも軽く聞こえたのは気のせいだろうか。
羽は意気揚々と本局へ足を向ける。
この瞬間に起きた事件に気付かずに…
―本局受け付け
「お、来たな羽」
羽が受け付けに到着すると、はやてが受付まで来てくれていた。
その隣には蒼く輝く毛を持った大型の犬が伏せている。
「はやてさん、わざわざここまで来てくれたんですか、それと隣にいる大きな犬? はどうしたんですか?」
この羽の発言は蒼の犬の逆鱗に触れたようだ。
犬はその場で立ち上がり震えている。
「貴様、今俺を犬と言ったのか!」
いきなり叫んだ犬に羽は後ずさりをする。
蒼い犬は珍しいと思ってはいたがしゃべるとは思っていなかった。
「こら、ザフィーラ! ごめんな羽、この子はザフィーラ、わたしの守護騎士や」
このしゃべる犬はザフィーラと言うらしい。
「なるほど、守護騎士ですか、そういえば守護騎士は何人いるんですか?」
「あれ、みんなから羽と会うたって聞いたんやけど?」
羽は自分がすでに会っているという事実に驚いた。
「僕、会ったことあるんですか!? …なら守護騎士はシグナムさん、ヴィータさん、ザフィーラの三人ですかね?」
「惜しい、三人ではないんよ、四人や」
会った際に守護騎士だと聞いたのはあの3人(2人と1匹)だけだ。
「あと一人って誰なんですか?」
「それは追い追いわかることや。それより羽の召喚獣ともっかい話さしてくれへんかな?」
うまくはぐらかされ、次の話題に流された。
「はい、いいですよ。(シュウガ、出てこいよ)」
羽はピアスに魔力を流した。
しかし、シュウガは現われず、何の音沙汰もない。
羽の顔が青くなる。
「ん、どうしたん?」
「シュウガがいないんです、あいつは基本的にピアスに入ってて出入り自由なんですけど、いったいいついなくなったんだ!?」
羽の口調は速まり、声も少し小さくなり不安そうだ。
[マスターが私と話されている間にピアスから黒い球体が飛んでいったのですが…]
エルスから電子音が響き、羽の知りたかった情報が得られる。
「エルス、ありがとう、つまり修理工房で別れたんだな、あいつけんかっ早いみたいだからトラブル起こしてないといいけど…」
「羽、ちょう待って、エルスって誰なん?」
「シャリオさんにハルとヒメの修理を頼んだときにこのデバイスを借りたんです、そのデバイスがエルスなんです」
急ぎながらも一応わかるように話した。
この様子にはやても今は聞くべきではなく、自分も探すべきだと悟った。
「ザフィーラ、修理工房付近で黒い球体、もしくは虫みたいな人を探して、見つけたら確保!」
「主!?」
「はやてさん!?」
はやては横にいるザフィーラに素早く指示を出し、捜索への協力の態度を示した。
ザフィーラはそのことに驚きはしたが渋々ながら了承した。
羽は一人で探そうと考えていただけに驚く。
「なんや、みんなで探したほうが見つけんの早いやろ?」
羽の驚いた顔が目についたのか、はやてが笑顔で尋ねた。
「ありがとうございます」
「ええて、大切な友達のためやもん」
羽が返事をするとはやては誰かに念話を送りながら笑顔で振り向く。
応援を要請しているようだ。
「……はい」
羽は懐かしむかのように誰にも聞かれることもなく返事をした。
その顔は哀しげで、切なそうで、暖かかった。
ザフィーラに促され羽はシュウガの下へと急ぐ。
―「これから一週間よろしくな、エレメンタルスラッシュ」
[こちらこそよろしくお願いします]
「え!?」
(あいつは…)
シュウガは故郷の事件で最後に関わった、敵だか味方だかわからない謎の男を見かけた。
この瞬間シュウガはピアスから抜け出していた。
シュウガは男の後を黒い球体の状態で付いていった。
すると、男は人気の薄いところで歩いていった。
(どこまでいく気だ?)
「(ふぅ、もういいだろ、出てこいよ、速さの足りない虫人くん)」
「(なんだと!)」
シュウガは黒い球体の状態から人型へと形を変えていく。
「(言ってくれるじゃねえか)」
爪のような鋭い刺を光らせている。
「(ほう、違うのか?)」
「(てめえになんざ見えねえよ!)」
シュウガは言い終わるか終わらないかわからないタイミングで動いた。
次の瞬間には男の後ろをとって右腕の刺を突き刺そうと振りかぶっていた。
しかし振りかぶっていた腕が後ろから押さえられて動かない。
シュウガは力の加えられた方向を向く、しかしそこには何もない、だがその瞬間腕にかかっていた力がなくなった。
「(どうした? 後ろをとっておきながら腕が動かなかったのか?)」
「(くそっ!)」
挑発するようにワタルが言うとシュウガは男の背中から離れた。
(こいつが後ろから押さえてやがったのか!? いや、そんなわけねえ、こいつはずっと俺の目の前にいたはずだ)
「(考え事か、余裕じゃないか)」
「(うるせえよ)」
男はその場から動いてないように見える、依然シュウガに背中を向けたままだ。
(デバイスも発動しやがらねえし、ばかにしてんのか? それとももう発動してんのか? なんにせよ仕掛けてみねえと始まんねえな)
シュウガは体を低くして力を溜めている。
そして思い切り蹴りだした。
速さはさっきよりも明らかに速い。
もはや普通の魔導士の目には追えない速さである。
その速さでがら空きの背中に向けて突っ込んだ。
しかし狙うは、がら空きの背中と見せ掛けての左からの一撃だ。
「(少しはいい速さになったじゃないか、まだまだ足りないけどな)」
「(そんなことはかわしてから言えってんだ!)」
「(おまえには見えていないのか?)」
シュウガはその瞬間男の顔を見た。
後ろから襲っているのに見えるはずがない顔が見えたのだ。
それは男が動いていることの証明だった。
「(な!?)」
「(遅い、遅いぜ!)」
男はシュウガの右腕を掴み、ねじり折ろうとしている。
シュウガはひねられる方向に自ら飛び、折られるのを回避した。
男は追撃をせずに元の場所に戻っている。
しかし地面に投げ付けられる形になったために、羽根を展開して叩きつけられるのを防いで立ち上がった。
「(ほう、俺の速さが見えたか)」
「(ギリギリでな)」
(このやろう、とんでもねえ速さを持ってやがる、分が悪い、だがデバイスは出してないみたいだな)
考え事をしていると一瞬羽の声が聞こえ、魔力が流れ込んできた。
(羽か、いいタイミングだぜ、どっかで見てたりしてな)
「(もう終わりか?)」
「(へ、がまんの利かねえ野郎だな、まだまだ俺の引き出しは多いんだぜ。)」
シュウガは流れてくる魔力の一部を使い、羽根を増やし、それを更に一回り大きくした。
「(おもしろい、どれだけ俺の速さに近付けるかな)」
「(追い抜いてるかもよ)」
「(それは楽しみだな、来てみろ!)」
「(言われなくてもよ!)」
シュウガは男に向かって出せるだけの速さで残像を四方に作り、それぞれと突進を仕掛けた。
男はシュウガが四つの残像を作った瞬間その場から消えた、端から見た人にはそう見えたかもしれない、しかし今、最高速で動いているシュウガには男の動きが見えていた。
シュウガが見たのは男が普通に踏み込んでくる姿だった。
男は最高速で動いているシュウガに蹴りかかった。
シュウガは吹き飛ばされそうになりながらも苦し紛れに手を出す。
男は軽く避ける。
(くそっ、こいつは本当に人間かよ、こっちが魔力まで使った最高速で動いてるってのにその速さの中でも普通に動いてるみたいじゃねえか!!)
「(正直ここまでの速さで動けるとは驚きだったな)」
「(そりゃどうも!)」
迫ってくる男に蹴りを放つ、しかしその蹴りは空を切る。
シュウガは隙ができたことに気付いた。
もちろん男がそれを見逃すはずはない。
男はシュウガへ体重の乗った蹴撃を加えた。
それによって吹き飛んだシュウガの後ろに回り込み、背中を蹴り付けて、地面に叩きつけた。
地面はへこみ、その威力を物語っている。
シュウガは男が地面に叩きつけた一撃と地面に叩きつけられた衝撃によって意識がなくなった。
「なかなかだったな、絶影がないにしても、ここまで俺の速さに近づいたやつはいなかった…」
勝利の余韻と自分に並ぶ可能性を持った男の出現に喜びを覚え、男は影に沈んでいっている。
「おい、ワタル」
男は自分の名前を呼ばれて止まった。
「アルさんですか」
「まあな」
「どうしたんです? こんなところで、いつもならなのはさん達の周りでうろうろしているのに」
「まあな、って何言ってんだ! おまえだっていつもいないくせに何でここにいるんだよ!」
アルは少し恥ずかしいのをごまかしながらワタルに迫る。
「ちょっと絶影のメンテナンスにね、それより何の用ですか?」
「今日ははやてに頼まれたんだよ、ったく、あんな野郎のために…」
アルははやてが頼み事をしてきたことに不満はない。
はやての友達なら男だろうが嫌な顔はしない。
だがそいつがフェイトに手を出した、それが問題なのだ。
「そうですか、では」
ワタルはさらりと流して行こうとする。
「っと待ってくれ、頼まれたってのがそこに転がってるやつの確保とそんな目に遭わせたやつの足止めなんだよ、だからここにいてくれねえか?」
「それは無理なお願いですね、俺は行かせてもら…」
ワタルが言葉を言い切る前に、回転して飛ぶ二つの剣が逆さに付いたような逆刃の薙刀がアルとワタルの間を擦り抜けた。
「っと、新手ですか?」
「あっちは叩きつぶしてくれてかまわねえ、ただしはやてには手ぇ出すなよ」
「?」
間を擦り抜けた薙刀は飛び出してきた方向に戻っていった。
その方向から先程の薙刀を持った少年と大型の犬が現れた。
「ん、ザフィーラか、それと隣にいるのはあのとき死にかけてた奴か?」
「おまえが、おまえがシュウガをやったのか!」
薙刀を持った少年、羽は隣にぼろぼろになって倒れているシュウガを見て手を震わせている。
「そうだとしたら?」
「許さない、同じ目に遭わせてやるよ!」
「羽、おまえがかなう相手じゃない!」
羽はワタルに一直線に切り掛かった。
ワタルはそれを軽くかわし、腹に蹴りをいれる。
羽は蹴られたことによって吹き飛んだ。
だがワタルが蹴った方の足に切り傷が付いていた。
初めの一閃はかわされたが、薙刀を回転させて後ろの剣で切ったのだ。
しかし、自分の足も同時に切っていた。
このことにその場の三人(二人と一匹)は驚いた。
「ワタルに傷を付けやがった!」
「なんだと!?」
「このやろうが…」
ワタルが本気でいこうと身構えたとき、空から漆黒の六枚の翼を持った女性が現れ、二人の間に降り立った。
「ちょう、待って!」
「はやてさん、どいてください!」
「どいておけ、けがをするぞ」
「待ってや!」
「シュウガの仇をとるんです、どいてください!」
「俺はそこの馬鹿にお灸を据えないといけないんでね、どいてくれ」
「待て言うとるやろう」
はやての低く、どすの効いた声にその場にいた四人は一瞬ひるんだ。
しかし、ザフィーラはその声を聞いてからがたがたと震え始めた。
間に一拍入れ、今度はやさしい声で話し始めた。
「羽、シュウガさんは死んどらんよ、気絶しとるだけや、ワタルさんもさっきの傷、もう治っとるやないの、許してあげてや」
「え…シュウガは生きてるんですね!」
「外の傷は治るんですけどね…」
「ワタル、おまえの負けだな」
ワタルはアルの言葉に苦笑いをして答えた。
「あ、そうや、シュウガさんの手当てにはシャマルを呼んどいたから心配せんでええよ、一緒に羽も診てもらうんやで」
「ありがとうございます、…ん、シャマル? もしかしてシャマルさんが残りの一人だったんですか!?」
「ばれたか」
はやては軽く笑いながら応えた。
「そうや、これからみんなに話したいことがあるんよ、そやからみんな、ちょう付いてきてくれへんかな?」
はやてが夜天の王だと意識した三人と守護騎士の一人(匹)は提案に静かに従った。