▼第十二話 
「羽の舞う軌跡」


第十二話「羽のぶらり本局 パート4」



己が内に秘められし力の発現、スウィフトムーブ!」

いつもとは違い、羽は詠唱からスウィフトムーブを発動する。

無詠唱での発動は可能だが、効果は半減してしまう。

デバイスに短縮コードを入力していれば効果が変わることはないが、まだエレには入れていないので仕方ないだろう。

羽はエレの切っ先をザフィーラに固定し、地面を思いきり蹴った。

「速いな、だがっ!」

ものすごい速さで飛んでくる羽をザフィーラは手から肘まである鉄鋼でいなす。

さらにカウンターで羽の背中を殴り付ける。

だが体勢が整わずに手を出したために効果が薄い。

「うぐっ、くぅっ!」

しかしいなした瞬間に羽が薙刀を回転させ、ザフィーラの二の腕を切りつけた。

「ちぃっ!」

「油断しすぎですよ?」

二人はすれ違い、羽が止まろうと足でブレーキを掛けるがうまく止まれずに距離が空く。

「くそっ…」

(それにしてもなんなんだ、体が軽すぎる、なにかがおかしい。)

羽が止まれずに悪態をついて考えているとザフィーラが迫ってくる。

羽は制御しきれないスウィフトムーブを解除し、エルスを回転させながら投げる。

「なんだ、もうやけになったか?」

ザフィーラは話しながら、飛んでくるエルスを弾き、距離を詰めようと走る。

手ぶらになった羽は投げるために伸ばした手をそのままにしている。

「甘いですね。浮かび上がる我が親しき戦闘具、エア・コントロール!」

魔法を発動した羽は手のひらをエレに、そしてザフィーラに向けた。

ちなみにこの魔法もハルとヒメに短縮コードを積んでいる。

弾かれたエルスが弧を描き、再びザフィーラに襲いかかる。

「なんだと!? くっ、はあっっ!」

ザフィーラは何度も襲いかかって来る薙刀をさばき続ける。

だが、捌けば捌くほど速くなっていく攻撃に気持ちを向けすぎて羽に背中を見せていた。

「甘ぁいっっっ!」

羽の声が響くとザフィーラが後ろから脇腹を蹴られ、苦悶の表情を浮かべている。

追い打ちでザフィーラの目の前にエルスが迫る。

「ぬおぉぉぉぉ!」

鉄鋼で受け流し、羽から距離をとる。

ザフィーラが受け流したエレは真っ直ぐ羽の手に吸い込まれた。

「撃ち貫く数多の弾丸、クリスタル・ブリットッッ!」

羽は早口で詠唱し、地を這うように4つの氷柱を放つ。

ザフィーラは距離をとりながら魔法陣を展開した。

「ておあぁぁぁぁぁ!」

ザフィーラが展開した魔法陣によって地面から無数の大きな棘が生え、羽の放った4つの氷柱を砕いた。

棘は羽の足元からも生え、体を傷付ける。

「くぅっ!」

「おぉぉぉぉ!」

羽が防御の姿勢をとっていると棘を目隠しにザフィーラが跳び蹴りを浴びせた。

羽は吹き飛び、壁に激突した。

ぶつかって壊れた壁からは粉塵が巻き上がっている。

「ふう、少しやりすぎたか?」

ザフィーラが羽がぶつかった壁の方を見て一息ついていると、粉塵から氷柱が一本だけ飛び出した。

それは速くもなく、なんの変哲もなく真っ直ぐにザフィーラに飛ぶ。

「これだけなのか…?」

疑問を抱きつつも飛んでくる氷柱を砕こうと拳を振り下ろす。

だが拳が当たる瞬間、氷柱が自ら破裂した。

「な、これは…!」

破裂した氷柱は霧散し、ザフィーラを包み込んだ。

急に拡がったわりに霧は深く、周りが見えない。

「ちぃっ!」

ザフィーラは後方に飛び退き、霧からの脱出を図った。

しかし、その動きは読まれていた。

…誰に?

この霧を作り出した張本人に。

そう、先ほど壁に打ち付けられた羽にだ。

羽はザフィーラが氷柱に気を取られている内に壁から抜け出し、ザフィーラから

見て左側の壁に張り付いていた。

そしてザフィーラが拳を振るった瞬間に氷柱を霧散させたのだ。

「ちぃっ!」

「はあぁぁぁぁ!」

羽が壁を蹴り、霧から飛び出してきたザフィーラとの距離を詰め、斬りかかる。

ザフィーラは左の手甲で受け止め、手を出そうとする。

だが羽は逆側にある刃を翻し、ザフィーラの右側から攻めて手を出させない。

羽は上下左右、ザフィーラの防御の上からエルスを振るう。

「ぬっ、ふっ!」

「うぉぉぁぁぁ!」

[…れ]

羽はとても近くから声がしたことに気づいた。

「(っっ! なんだシュウガっ!)」

ザフィーラへの攻撃を休めることなく、ピアスの中に入っているシュウガに念話で怒鳴りながら答える。

「(ん? どうした!?)」

「(どうしたじゃないだろ! なんでこんなときに話しかけてくるんだ!!)」

「(馬鹿なことを言うなよ、さすがに戦闘中に茶々入れる気はねえ)」

「(っっ、そうか…悪い…)」

やり場のない怒りを沈め、今度は持っているデバイスに問いかける。

「(…なら、エルスか?)」

「(いえ、私は口を出すほどの知識がありませんので)」

「(そうだよな…)」

(なら、いったい誰なんだ? 聞いたことがあるような気がしたのに…)


羽が考えることに集中したせいでザフィーラへの注意が逸れ、追撃が甘くなった。

ザフィーラは嵐のような羽の攻撃の中にいたのだからその綻びを見つけるのは容易い。

「甘いっっ!」

ザフィーラは左から来る斬撃をしゃがみながらいなし、腹部にカウンターで蹴撃を浴びせる。

「ごふっ!?」

「おぉぉぉぉ!」

ザフィーラは羽が怯んだのを見逃さずに二、三手を出し、殴り飛ばした。

「終わらせてもらうぞ!」

ザフィーラの足下に魔法陣が展開される。

殴り飛ばされた羽は地面を転がり、少し距離をとって腹部を押さえ、重そうに立ち上がる。

「ておあぁぁぁぁぁ!」

地面から棘が迫ってくる。

あと十メートル

「罪深き者に…」(アイシクル・バースト、間に合うか!?)

あと五メートル

「炸裂したるは…」(間に合わない!!)

あと一メートル

―その時、羽にまたあの声が聞こえた。

[…殺れ]

「!?」

[…いや、殺ってやるよ]

目の前に棘が迫り来るなか、羽は地面にエルスを突き立てた。

「…凍れ、アブソリュート・ゼロ」

冷たい声で魔法の銘を告げる。

ザフィーラが作り出した棘がエレを刺したところから地面を伝って徐々に凍り始める。

「(なっ、なに考えてんだ! 前にそれ使ってぶっ倒れただろ!)」

「…黙って見てろ」

「(っ、羽!)」

羽はそう言うと、更にエレに魔力を流し込む。

棘が凍る速さが増し、近いものは砕け始めている。

その光景は、さながら氷で作った銀世界といったところだろうか。

だが、その美しさとはうらはらに拭いきれないほどの殺気が存在している。

「(マスター、フレームが焼き切れそうです…)」

エルスからアラートが出されている。

たしかに、他にも手で掴んでいる部分と刃の接合部が歪んできている。

羽は魔法を止め、エルスを引き抜く。

「…勝手に焼き切れればいいさ」

エルスを見下し、羽の無慈悲な言葉が、白銀の世界に冷たく響く。

位置的にも精神的にも羽の最も近い場所にいるはずの男が叫ぶ。

「(…っ、羽! 何言ってんだよ! お前はそんな奴じゃないだろう!?)」

羽はその叫びを無視して、空中にいるザフィーラを見た。

ザフィーラは地面を伝うアブソリュート・ゼロを宙に浮くことでかわしていた。

羽は無言でザフィーラのいる高さまで浮く。

ザフィーラは雰囲気がまるで変わった羽に質問をぶつける。

「貴様は…いったい何者だ?」

羽の体にはいくつもの傷が見え、ダラリと腕を下ろして疲労の色が見える。

だが得体の知れない気配を感じる。

あれだけの大技を使ったのにだ。

普通ならば、戦闘に加えてあれだけの魔法を使ってしまえば魔力切れを起こし、

すぐに倒れてしまうだろう。

現に羽は、前にアブソリュート・ゼロを使ったときには倒れてしまった。

だが今回は無詠唱ながらにこれだけの効果を叩き出した。

「僕か? 僕は…」

羽はうつむき気味に返答を始める。

前髪がかかり、目や鼻は見えない。

唯一見えるのは口だけである。

「…羽だよ!」

口元に暗い笑みを浮かべて顔をあげる。

目には狂気がやどり、奥底には怒りとも悲しみとも言えない深い闇がある。

「覚悟を決めておけ、己が内に秘められし力の発現、スウィフトムーブ…」

羽は前屈みになり、ザフィーラに向かって空中を蹴って接近した。

一「な、嘘や!?」

二人の戦闘を、二階席のようなところで、対魔力コーティングされたガラスを通して見ている人物達がいた。

そのうちの一人、はやてが信じられないと言ったように叫んだ。

「どういうことなの!?」

はやての守護騎士、シャマルも声をあげる。

「魔力量がはね上がってやがるぞ!」

戦技教官のアルですら驚くような事態になっている。

それほどにあり得ないことが起こっている。

「あー、みんな落ち着いてくれ。俺は羽がああなった理由を知ってる」

ワタルの一言により三人は落ち着きを取り戻した。

だがそれと同時に各々が向いていた方向からワタルに素早く振り返る。

元よりパネルウィンドウの執務官は黙って見ていたのだが、今の言葉には三人と

共に驚き、次の言葉に耳を傾ける。

「羽がああなったのは、多分俺のせいだろう」

ワタルがそう言うと、少し離れた場所にいたはやてが詰めよる。

はやては少し怒っているようにワタルに聞く。

「いったい、何をしたんや…」

ワタルは、はやてに少し困ったような顔をして、質問に答えた。

「推測混じりになりますがお答えしましょう、簡単に言えば俺の魔力を送り込んだんです。前に仕事である世界に行ったところ、羽が魔力不足とダメージで死にかけてるところに出くわして、魔力を分け与えたんです。そして今、あいつ自身が持っている魔力の量を俺の魔力が上回ったんでしょう。」

ワタルははやてを含む四人に早口で説明した。

「せやけど…なんであんな風になってしまったんや。魔力の分与の話ならなのはちゃんとフェイトちゃんから聞いたことあるけど、魔力そのものが変わるなんて聞いたことないわ…」

はやては信じられないといったふうに声が小さくなる。

「悪いことだとは思わないがいいことでもなかったようだな…」

アルは今の羽とザフィーラに目を向けて言う。

そこには羽がザフィーラを押している姿があった。

一「ぐおぉぉぉぉ!」

今、ザフィーラは羽の動きにまるっきり付いていけてず、腕を顔の前辺りで固めることしかできずに斬り続けられている。

羽はスウィフトムーブで加速し、三次元の動きでザフィーラをかく乱しつつ、高

速ですれ違い様に斬りつける。

だが羽は軌道を変え、ザフィーラに直進する。

「仕留める…円烈閃舞!」

羽はエルスを身体の横に着け、近付く。

ザフィーラにぶつかる寸前に下からエルスをかちあげて防御を無理矢理崩す。

そして距離がほぼ零になった瞬間、守るものがなにもなくなった体にエルスを回転させながら切り下げ、切り払いを行い、後ろに回り切り上げた。

一連の動きはしなやかで鮮血を浴びながらも、舞っているようだった。

円烈閃舞を受けたザフィーラは力なく地面に堕ちた。

羽は静かにそれを追うように降りる。

「さて、死んでもらおう…」

そう言うと羽はザフィーラを空中に蹴り飛ばし、魔法を展開する。

「打ち貫く数多の弾丸、クリスタル・ブリット…」

「(まさか…やめろ羽!)」

羽の周りに十本の氷柱が現れた。

まずその内の四本を打ち出す。

「(やめろぉぉぉぉぉ!)」

「ファースト、4、ショット」

シュウガの叫びが羽の耳には入っているはずだが、止まろうという気配は微塵もない。

シュウガはピアスから出て、止めようとしているが外から鍵を掛けられたかのように出られない。

打ち出した氷柱は右手、左肩、右足の太もも、左足のふくらはぎに刺さる。

ザフィーラは貫かれたことによって、壁に打ち付けられる。

「(やめてくれぇぇぇ!)」

「セカンド、4、ショット」

次は右肩、左腕、右足のふくらはぎ、左の脇腹に刺さる。

はじめはザフィーラも当たる度に呻き声を漏らしていたが、もはやそれすらも聞こえない。

「(これじゃあただのなぶり殺しだろうがぁぁ!)」

「シングル、ショット」

二本残ったうちの一本を打ち出し、腹部を貫く。

羽はニヤリと笑うと最後の氷柱に魔力を追加し、剣のように形を変えた。

そして真っ直ぐに剣が心臓に刺さるであろうという軌道に最後の一本が定められた。

「(やめろぉぉぉぉぉ!)」

「……ラスト、ショット」

剣の形にした氷柱は勢いよく飛び出し、ザフィーラの心臓を狙って飛ぶ。

前に飛ばした九本などとは比べ物にならないぐらい速い。

そして最後の一本がザフィーラの心臓に突き刺さる…

「(終わった…羽が、殺した)」

…はずだった。

邪魔が入らなければ。

「…いい加減にしろよ」

羽が作り出した氷の剣はザフィーラの前に作られた『闇の絶対城壁』によってかき消されていた。

それを作り、羽に話しかけた人物は、二階席にいたはずの戦技教官、アル=ヴァン・ガノンだった。

「アル=ヴァン・ガノン、そこをどけ!」

羽は抑揚のない声でアルにエレの切っ先を向けて言う。

「ふざけんじゃねえぞ、ザフィーラをこんな目に遭わせやがって、てめえは俺が殺す!」

アルはエクセキューショナーを羽に向ける。

二人は白銀の世界でお互いの刃を向け合う。
スポンサード リンク