▼第十三章
「羽の舞う軌跡」第十二話「初日パート5 試験…終了!?」
ドライアイスを転がしたかのような白銀の世界で向き合ったアルと羽は互いに武器を構え、二人以外には入り込めないような空間を作り出している。
「あんたが僕を殺す? 自分のおかれた状況を把握してみろよ」
アルの後ろには氷柱で壁に四肢を打ち付けられたザフィーラがいる。
今はアルの闇の絶対城壁が働いて、心臓を狙った最後の一本だけは通さないようになっている。
だがザフィーラの貫通されている箇所からは、血と水が混ざり合ったものが止まることなく流れ出ている。
早めに処置を施さなければ危ない。
「ちっ! シャマル!」
アルは舌打ちをして自分が出てきたリング状の亜空間に向かって声を荒げる。
すると中からシャマル、はやて、ワタルが現れた。
シャマルは亜空間を作り出していたデバイス、クラールヴィントを解除し、はやてと共にアルの後ろをすり抜け、ザフィーラの元へと走る。
「ザフィーラ、しっかりして!」
羽は動かずに氷柱を二本精製し、ザフィーラに駆け寄ろうとしているシャマルとはやてに放った。
「てめえぇぇぇぇぇ!」
アルは羽が撃ちだした二本の氷柱を一閃で叩き落とすとエクセキューショナーを担ぐようにして接近し、羽に斬りかかる。
羽は後ろに飛び退いてアルの斬撃を避けた。
エクスキューショナーは地面に刺さり、氷漬けの床を破壊する。
アルはエクスキューショナーを抜き、凍った棘をなぎ払いながら羽へと追撃を掛ける。
「ロォォォォォド・オブゥゥゥ・ブレイカァァァァァァァ!!」
左腕の老王を羽に向け、収束砲が炸裂する。
放たれた魔法は羽を飲み込み天井を突き破った。
―沈黙したままはりつけにされているザフィーラにシャマル、はやてが駆け寄る。
息が絶え絶えなザフィーラを降ろそうと氷柱に手を掛ける。
「ザフィーラ、ザフィーラ!」
「なんで…なんでや……」
だが氷柱はザフィーラを貫通し、深く突き刺さっていて抜くことができない。
「すまない、どいてくれ」
ワタルが二人をザフィーラから引き離し、代わりに手を掛ける。
「悪いな、ザフィーラ…我慢しろよ!」
ワタルはそう言うと、ザフィーラの肩の後ろに手をはさみ思い切り力を入れる。
皮膚や筋肉がちぎれる音と共に、痛みによって意識を取り戻したザフィーラのかみ殺した悲鳴が室内に響く。
「な…ワタル!」
「…アイシクル・バースト」
天井が崩れる音と呻き声が響く中、アルがザフィーラに駆け寄ろうとそちらを振り向いた。
だがその瞬間空から大きな氷柱が降る。
「ちぃっ!…くそっ!」
アルは悪態をつきながら氷柱をかわす。
氷柱は着弾すると同時に弾け、無数の氷の粒となって訓練室の壁にめり込んだ。
氷の粒が飛散する刹那、アルは自分の目の前からザフィーラの前一帯まで闇の絶対城壁を発動する。
「くっそ、無茶やりやがって!」
闇の絶対城壁は氷の粒を通すことなく、アルはもちろんザフィーラの周りに集まった3人を護っていた。
アルがそれを見て安心する間もなく、今にも壊れてしまいそうなエルスを振りかぶり闇の絶対城壁を切り裂き、自身に迫る羽を見た。
「そろそろ、消えてほしいんだけど…なぁ!」
奇襲のような攻撃を受け止めたアルだったが、羽が力を加えたことによって弾き飛ばされる。
飛ばされたアルは背中から壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
羽がアルに追撃を繰り出そうとするが、それは死角となる真横からの飛び蹴りによって成されることはなかった。
「っとお、なかなか良い反応だ!」
「今度は、あんたか…!」
これを放ったのはこの中で最速の男、ワタル。
羽は飛び蹴りをエルスで防ぎ、跳ね返す。
「邪魔を…するな!」
「だぁぁぁまれぇぇぇぇぇぃ!」
ワタルは羽の前から消えたかのように素早く移動し、一回、二回とステップを踏み、正面から飛び蹴りを浴びせた。
しかしまた羽に受け止められる。
だが先程のものとは比べ物にならないほど重い。
羽はいなそうとするが、衝撃を逃しきれずに吹き飛ばされる。
「おい、黙れはこっちのセリフだ」
「アルさん、それはないでしょう?」
アルはエクセキューショナーを杖代わりに立ち上がり、悪態を吐く。
ワタルはそれにおどけたように返すがアルの目から真剣味が抜けない。
「…こいつは俺が仕留める、邪魔すんな」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう!? あなたのロード・オブ・ブレイカーでも倒れない! あいつの魔法は防げているが、それだけじゃ勝てない。それにまだあいつは全力を出していない、しかもアルさんは不意打ちを受けたとはいえ吹き飛ばされたじゃないか!」
アルはワタルの早口での怒号に押し黙る。
「アルさん、悪いですが俺がやります」
ワタルがアルから視線を外し、戦闘体制をとろうとする。
「ダメだ」
「まだ言いますか!」
「足を見てみろ!」
アルに言われるがままワタルはアルの足を見る。
少し汚れてはいるがなんでもない支給された戦技教官の制服だ。
「俺のじゃなくて、お前のだ」
ワタルは視線を自分の足へと向ける。
見てみるとズボンの色が途中から赤黒くなっている。
驚きつつも状況を整理していく。
だがそれより早くアルが説明する。
「お前は切られたんだよ、二回目の飛び蹴りのほうが速かったにも関わらずな。それにお前が言ったようにまだあいつが全力を出していないんだとしたら…」
瞬間的に沈黙が場を征する。
「…だから、早く絶影を取ってこい」
ワタルは驚いた。
アルが自ら囮役を買って出ると言うのだ。
しかし、アルには体力よりも、さらに魔力が足りない。
このままたった一人では撃墜の不安が付きまとう。
「何を言ってるんですか、一人じゃ無理だ!?」
「一人やあらへん!」
ワタルが声を荒げた瞬間、少女の声が響き渡る。
「私が…私がアルさんを援護します!」
「はやて…」
はやての目にはうっすらと涙が浮かぶが、それに悲しみはなく、強い意思を感じさせる。
「…無駄な話し合いは、終わったかな」
羽は膝に手を着きながら立ち上がり、数センチ宙に浮く。
ここではやては気付いた。
なぜ少ししか浮かないのか、もう体力は残り少ないんではないかと。
ザフィーラからの二連戦、ダメージは蓄積されているはずだろう。
なんらかの原因によって魔力は上がっているが傷が治った気配はない。
そして羽が持っているデバイス、エルス。
見る限りではぼろぼろ、普通ならば即オーバーホール行き。
「はやて、援護頼むぜ!」
アルの言葉にはやての意識が戦いへと戻った。
はやては瞬時にブラッディダガーを何本か作り出す。
「老王、ケルベレン!」
アルは飛び出し、左腕の老王を変化させながら右手に持ったエクスキューショナーで斬りかかる。
羽とアルがぶつかった瞬間、少し高い音を立ててエルスの片刃が折れる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
アルは折った勢いをそのままに羽のバリアジャケットごと左腕を切りつけた。
鮮血が飛び散る。
あまりにも生々しいそれは待機しているはやての目をそらさせた。
「ちっ!」
「はやて、援護!」
しかしアルの言葉にはやては一瞬で向き直り簡単に狙いをつけ全てのブラッディダガーを放った。
アルは羽から距離をとる。
はやてが放った魔力の短剣は全てが羽に命中し、爆発する。
魔力の残滓を中心とした煙が発生する。
爆煙が晴れる。
現れた羽のバリアジャケットに何の損傷もない。
「な、なんで傷一つあらへんねん!」
一旦距離を取ったアルは少しの間で考察を始めた。
羽がおかしくなってから攻撃を受けたのはこれで二回、アルのロードオブブレイカー、はやてのブラッディダガー。
このいずれでもバリアジャケットに傷は残らなかった。
おかしくなる前は傷を負っていなかっただろうか。
いや、ザフィーラとの戦闘ではボロボロになっていたはずだ。
いきなりの大技に忘れていたが、たしかにあの瞬間までは傷だらけだった。
そう、つまり…
「アルさん、危ない!」
はやての声が耳に届く。
同時に思考を切り替え、視界の中心を羽に戻す。
羽がニヤリと笑い、斬りかかろうとしてくるのが見える。
応戦しようと空中を蹴り、またもやぶつかる。
だが、先程とは比べ物にならないほど軽い。
「後ろや!」
何か企んでいる、そう考えたときにはやての声が耳に入った。
意識を後ろに向けた瞬間、羽の剣に込められた力が強くなり、エクセキューショナーを弾かれた。
前の攻撃を避けることができないと感じ、飛び退こうとした瞬間、後ろから腰の辺りに衝撃が加えられる。
それと同時、あるいは少し遅れ気味にはやての悲鳴が聞こえた。
何かが体のある一点から何かが入り込んで、前から突き抜けていくような感覚。
熱い…
はじめに感じたのは「熱い」という感覚。
だが次の瞬間に感じるのは言い表せないほどの猛烈な痛み。
目の前が真っ白になっていく。
「さよならだ…アル=ヴァン・ガノン」
羽はそう言うとアルに向けて、もはや薙刀ではなくなったエルスを振り下ろした。