▼第十四話
「羽の舞う軌跡」第十四話「満身創痍」
振り下ろした刃はアルを切り裂き、真紅のしぶきをあげる。
それは空気に触れ、ゆっくりと深い紅へと色を変え、落ちるアルを追って次々と広がっていく。
それを少年は微笑みながら見下ろす。
「アルさん!」
アルが落ちる音、斬られた際に手からこぼれ落ちたエクセキューショナーが地面に突き刺さった音、はやての叫び声が同時に響く。
はやてが自身のデバイスを握りしめ、倒れているアルに駆け寄る。
腹部からは刃が突き抜け、肩からわき腹までバリアジャケットが破れ、赤黒く変色している。
手をつけることもできず、アルの横に崩れ落ちる。
握りしめていたシュベルトクロイツもこぼれ落ちた。
「よぉ…はやて…」
かすれた声で目だけをそちらに向け、少女の名前を呼ぶ。
バリアジャケットは血に染まり、左腕の老王も微かに震えてはいるがとても動かせそうにない。
「あかん、しゃべらんといて。そんなに血が流れとるし、ぼろぼろやし…」
はやてはアルの腹部から突き抜けている刃に視線を向ける。
「…大丈夫だ。エクセ…キューショナーを…取ってくれ…」
はやては驚いた。
なぜ立ち上がるのか。
なぜ諦めないのか。
無論はやて自身諦める気はない。
だがアルは魔力も残り少なく体もぼろぼろ。
勝てる要素が少なすぎる。
無謀と言ってもおかしくはない。
「っあかんよ、そんな体で!」
涙声で伏しているアルを制止する。
しかしアルは止まらない。
「…あいつは、俺が…止めて…やらねえと…」
腕を伸ばし、アルは尚も武器を求める。
「何が止めてやるだ。あんたに何が止められる?」
アルとはやてから少し離れた位置に嘲笑うように羽が降り立つ。
「なんで…なんでや…なんでアルさんを斬ったんや!」
はやては涙を流しながら叫ぶ。
はやてが知っている羽とは別人のように違う目の前の羽に。
「あんたもおかしなことを言う。そこにいる魔界の王、アル=ヴァン=ガノンは僕の傷の報復の邪魔をした。だから斬った」
羽はまるでそれが当然といったように話を進める。
だが表情に一切の変化はない。
向き合っているはやては羽が何かに操られているような、それとも縛られているような印象を受けた。
「あんたも斬る」
はやては殺気を感じ、シュベルトクロイツを拾おうと手を伸ばした。
「…エア・コントロール」
羽がエルスの折れた側から折れ残った刃のかけらを取り、はやてに向かって投げつける。
瞬時にはやては拾うのを止め、シールドを張った。
タイミングはわずかにはやてが張ったシールドの方がが早い。
それははやても羽もわかっている。
はやては衝撃に備えた。
シールドとかけらがぶつかる寸前、羽は指を動かす。
「くっ、避けろ…」
アルがかすれた声ではやてに指示を出す。
しかしはやては瞬時に動ける状況にない。
「え!?」
かけらは素早く動き、シールドを避け、向きを変える。
━…てくれ
ここで羽に異変が起こった。
本来ならば指を素早く動かしてかけらを急角度で曲げはやてに向かわせるはずだった。
しかし意思に反してかけらを操っている指の動きが鈍る。
「…っ、甘いんだよ」
羽は歪んだ笑みを浮かべながら鈍った指をまっすぐに伸ばし、奥を差す。
かけらはシールドを避け、シュベルトクロイツを弾く。
かけらは更に動き、軌道修正を施され羽の対面している壁に向かって飛ぶ。
はやてがかけらの行方に目を向ける。
「シャマル、ザフィーラ!」
二人がいる方向にかけらが飛んでいく。
このかけらが二人に攻撃を仕掛けるまであと一秒もない。
羽がそう認識した瞬間にかけらから操作性が消えた。
心の中で悪態を突くように思考を巡らせると同時に爆発が起こる。
かけらを放った一人は驚き、おいていかれた一人は悲しみ、横たわった一人は不敵に笑う。
「そんな…シャマル、ザフィーラッ!」
はやては二人の名前を叫ぶ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、爆発の粉塵から叫び声と共に一筋の影が飛び出る。
影は瞬く間に羽に向かって伸びたかと思うと、腹部に突き刺さった。
「(はやてさん、こいつは俺が引き受けさせてもらいます)」
「え、ワタルさんですか!? シャマルとザフィーラが!」
ワタルからはやてに念話が入る。
しかしはやてはいきなりの念話に声を出して答えてしまった。
「(二人は大丈夫。ザフィーラの出血も収まってきたらしいから医務室に転送すると言っていました。あとあの爆発はあいつを目眩ましながら刃のかけらを破壊するために俺が起こしたものですから心配はいりません。それよりすまなかった、こんなに遅くなってしまって、あとは俺に任せてください!)」
ワタルは早口で語るだけ語ると念話を一方的に切った。
はやては羽に目を向ける。
ワタルである影に取り囲まれたかのように一方的に攻撃を受けている。
…あいつは、俺が…止めてやらねえと…
思い出した言葉によってはやての目に決意の火が灯り、冷静さを取り戻す。
「(シャマル、まだおるか?)」
「(はい、さっきまで観戦していた所にいます。ここまでは壊れていないようなのでここでザフィーラの処置をしています。アルさんもこちらに転送します)」
「(早めに頼むわ)」
話の早い参謀役に感謝しながらアルの治療をお願いする。
「(はやてちゃんはどうするんです?)」
「(私は残る)」
返事の際に発した声からはやての意志が固いことがうかがえる。
こうなったはやてはてこを使ってでも動かないことをシャマルは知っている。
その際の返事はただひとつ。
「(わかりました、それでは転送を開始します)」
「(ん、ありがとな)」
はやてはシュベルトクロイツを探しながら念話で返事をする。
しかし見つけたものの、弾かれた際の衝撃で破損しているようだ。
だが近くにエクセキューショナーを見つける。
「…へっ…丁寧に…使えよ」
倒れているアルもシュベルトクロイツの状態を把握しているようだ。
刃が体を貫いているにも関わらず不敵に微笑み、その場に光を残し、転送された。
「っ! …アルさん、借ります」
はやてはアルのいた場所を蹴りだし、走る。
「っこの野郎! アイシクル・バースト」
同時に影に切り刻まれている羽が魔法の銘を紡ぎ、足下に向かって氷柱を撃ち出す。
氷柱は無数に弾け、氷のつぶてとなり、あらゆる方向に飛び散った。
羽の魔法、アイシクル・バーストには操作性はない。
対象に近い距離でそれを放てばたとえ自分の魔法であろうと避けられはしない。
━…させない
羽は腕を顔の前で交差させるように防御するが自然と体が流れ、はやての方向に弾けるつぶてを防御する。
「くっ! …また邪魔をするのか」
そうぼやく羽の体にはバリアジャケットを切り裂かれて付けられた無数の切り傷、つぶてがめり込んでできた痣があった。
「羽、おまえは…」
その場ですべてはさばききれなかったのか羽から少し離れた場所にワタルが現れる。
「羽っ!」
氷柱が弾けた頃、はやては一心不乱に走り、地面に突き刺さっているアルの剣、エクセキューショナーにたどり着いていた。
突き刺さっているエクセキューショナーからは威圧感が放たれ、抜かれることを拒んでいるかのようだ。
はやては息を飲み、エクセキューショナーの柄を両手で掴み、一度に引き抜き、持ち替えて羽に刃を向ける。
「羽っ!」
名前を呼ばれたぼろぼろの少年は交差した腕を解き、無造作に振り返る。
そこには羽にエクセキューショナーを向けるはやての姿があった。
決意に満ちた目が羽を射抜く。
「はやてさん、何をしてるんですか!」
「なんだ、あん…た…」
━……ソ…ラ……?
「くっ…ちぃっ!」
羽は動悸と共に頭を押さえ、その場に崩れ落ちる。
体力、魔力が底を尽きかけている証拠だ。
もとより体力はアルとの戦いで尽きている。
無理やり魔力を使って体の補助をし、それに頼り戦闘をしていただけだ。
魔力が著しく増えたと言っても無限ではない。
残り少ないことは今の状態から明白だ。
だが羽の状態とは裏腹にバリアジャケットが修復されていく。
「っは、ぐぁぁぁっ…」
今までダメージがないように見えていたのはバリアジャケットが破損する度に修復されていたからだ。
そのために使う魔力は多くはないが今の羽には辛い物があるだろう。
修復は途中で止まり、四つん這いに突っ伏している。
それにつられるようにはやての膝が折れる。
「なぜあなたがエクセキューショナーを持っているんですか!?」
今、はやてはエクセキューショナーを持っている。
エクセキューショナーは魔剣だ。
魔王、アル=ヴァン=ガノンの使用する剣、これを持っているはやては自分の上に何かが乗っているような圧力を受けていた。
「ちぃっ!」
ワタルが舌打ちをし、瞬時にはやてのそばに現れ、はやてを支えるように抱く。
「なぜあなたがエクセキューショナーを使っているんですか!」
「アルさんに、借りたんよ、止めるからって、言って…」
はやてが苦しそうに返事をする。
これを聞いたワタルはエクセキューショナーに手をかける。
ワタルがエクセキューショナーを奪おうとするがはやてががっちりと握っていて離そうとしない。
「っ、早く離してください」
「…嫌や」
息切れを起こしながらもはやての手に入る力が緩まない。
無理やりにでもワタルは手を開こうとする。
━……ソ…ラ…
「……やめろ」
はやてとワタルの様子を顔を動かし見ていた羽は頭を抱え、呻く様に言葉を吐く。
━……ソラ
「やめろ!」
上体を起こし、エルスを持っていない手で頭を押さえ、はやてとワタルを見る。
━ソラ!
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁ!」
羽は上を向いて叫ぶ。
空気が揺れ、魔力の混じった風が吹く。
「何が起こったんだ!?」
羽が顔を伏せながらゆっくりと立ち上がる。
ワタルははやてを横にすると羽の前に立ちはだかる。
羽は少しだけ顔を上げる。
「……」
誰にも声は聞こえない。
だが確実に口にしたその言葉は目を向けていたワタルには伝わった。
「…くっ」
羽は残った魔力を振り絞り、飛行魔法を展開して天井に空いた穴から飛び出していった。