▼第十五話 

羽の舞う軌跡

第十五話「パート7追う者たち」


羽が飛び去った跡には魔力の風に舞い上げられた氷の道筋が出来ていた。

それは天井から射し込む月明かりに照らされ、美しくも儚げに輝いている。

外はすでに暗く、切れ長な月がいつもと変わらずたたずんでいた。

「今のは……」

いきなり寒空に消えていった羽にワタルは呆気にとられていた。

考えることと言えば最後に放った羽の言葉。

声に出したかどうかもわからない言葉がワタルの思考を絡め取っていた。

そんな時、不意にワタルの後ろから小さくも甲高い音が響く。

ワタルが気付き、素早く振り返る。

はやてが握っていたエクスキューショナーが手からこぼれ落ちた音だった。

「……羽は、行って……しまったん……?」

「はやてさん、大丈夫ですか!」

寒さに震えるように途切れ途切れの声ではやては切なそうに呟く。

実際に辺りは氷に囲まれている。

しかしそれだけならばバリアジャケットによって守られる。

ほんの少しの時間であったが、エクスキューショナーを持っていたことが大きい


エクスキューショナーは魔剣。老王を受け継いだものでなければ扱うことは難しい。

はやての衰弱している様子に気付き、ワタルは慌てて駆け寄る。

それと同時に訓練室の扉が開いた。

「主!」

「はやて!」

勢いよく入ってきたのははやての守護騎士の二人、シグナムとヴィータ。

二人はよほど急いだのだろう、顔を白くして肩で息をしている。

はやては疲労困憊の体を無理やりに起こし、ワタルの手を借りて立ち上がり、平生を見繕うために微笑む。

それを見た守護騎士の二人は不安と怒りが混ざった表情ではやてに駆け寄る。

「二人とも、そないに慌てて……どうしたんよ」

あまりにも肩すかしなその言葉。

しかし発した者の声には冗談と思わせるほどの力がない。

そんなウソは簡単にばれる。

ヴィータははやてに抱きつき、シグナムははやてと向き合うように立つ。

はやては一瞬よろけるものの支えとなっているワタルががっしりと押さえている

おかげで倒れることは無かった。

「どうしたではありません、シャマルから連絡をもらったのです!」

「そうだよ、はやてが危ないって聞いたからびっくりして急いできた
んだ!」

怒っているには不釣合いなひしゃげた顔でシグナムが声を張り上げ、間を空けずにヴィータがはやての顔を見上げ、目に涙を浮かべながら訴える。

「そやったんか、ごめんな二人とも、心配かけて……でも私は大丈夫やから」

はやては手を伸ばし、やさしくあやすようにヴィータの頭を撫でる。

ヴィータの体がはやてのバリアジャケットから離れた。

撫でながらも無理をしているのが一目で見て取れる笑顔がその場にいる者すべての心を締め付ける。

「主、羽にやられたというのは本当ですか? それにこの有り様はいったい……」

シグナムは状況を飲み込めていないようで、辺りに広がる氷だらけの床と飛び散った血痕に信じられないといった目を向けている。

「あ、うん……」

はやては言葉につまり、顔を下げる。

氷づけになった訓練室は羽によってなされたものだ。

模擬戦とは思えないほど被害は大きい。

訓練室の破壊は自分も前にやった。

けれどそれでも命のやり取りまではいかなかった。

だが今回はアルとザフィーラが命の危険を感じさせるほどの怪我を負った。

しかしそのアルが自分を傷つけた羽を助けると言った。

いくら守護騎士を信頼しているはやてでも一言で起こったすべてを伝えることは難しい。

「……どういうことなのですか」

改めてシグナムが主に問う。

「うん、ちょう言いづらいんやけど……」

「話の腰を折って済まないんだが」

一斉にワタルに向かって視線が定められる。

だが少しの怖れもなく、むしろ余裕を持って言葉を繋げた。

「シグナム、ヴィータ、はやてを頼んでいいか」

「何をするつもりだ?」

またもやシグナムが問う。

だか先ほどはやてに行ったものとは質が違う。

今回はもっともな質問であり、わかりきった質問でもある。

少し考えればわかる。

シグナムが来る前と今、変わったところはどこなのか、状況、状態
の変化をみればよい。

そしてワタルが口を開いた。

「羽を追う」

当たり前の選択肢の一つ。

しかし戦力の分散が必至でさっきまではできなかったこと。

異論は認めないと言いたげなほど張りつめた空気。

「それならあたしも行く」

だがそんな中でも言葉を発する者がいた。

何者もその手にした鉄槌で粉砕し、道を切り開く指折りの特攻隊長。紅の騎士。

そんな彼女が羽を追うことに着いていくという。

「ダメだ」

少し考えてからの拒絶。

「なんで! 羽はあたしの部下だ!」

「それならなおさらだ、今あいつは誰にも会いたくないだろうからな……」

ヴィータが吼えるが、ワタルはその言葉だけを受け取り切り返す。

彼女とワタルなら弱っている羽を叩くのは容易いだろう。

だが長年生きてきたワタルにはそれではあまりうまくないことがわかっていた。

加えて言うならば彼女は心を言葉で伝えるよりも感情が先行してしまう。

騎士に説得は向かないものなのだ。

「ならなんでお前が追うんだよ!」

「ま、ちょっとした頼まれ事だ」

「頼まれ事?」

納得がいかず、今にも飛びかかりそうなほどの気迫を秘めた眼差しが"頼まれ事"という言葉に幾分か緩んだ。

「いいだろう、主は私達に任せておけ」

「な、シグナム!」

今までこのやり取りを黙って見ていたシグナムが口を挟んだ。

突然のことにどもりながらもヴィータの視線が鋭さを取り戻し、それがシグナムに向けられる。

だが動じることはない。

「ヴィータ、お前が羽を追うよりもワタルが追う方が確実だ。それに羽に会ってお前は何をするつもりだ?」

「それは……」

ヴィータは視線で圧倒され、押し黙る。

彼女も考えなしなわけではない。

だがこのあとのシグナムとの口論で丸め込まれることは確実だ。

感情に言葉がついていかないのだ。

言葉にできればそれを伝えることができる。

だがその術をヴィータは持ち合わせていない。

うずまく感情が出口を探しているのがヴィータの顔から読み取れる。

ワタルにはだいたいの見通しがついているだけにつらい。

理屈を考えるよりも直感で動けることが彼女のフォワードとしての特性なだけに皮肉と言わざるを得ない。

「はやてさんを頼んだ」

「言われなくともそれが我らの使命だ」

ワタルに支えられていたはやてがシグナムに抱き抱えられる。

「では俺はこれで」

「……よろしゅうな」

「わかりました」

ワタルが漆黒のマントに身を包み、外に広がる闇と同化するようにその姿を消した。

「行かないのか」

「あたしが行っても……ダメなんだろ……」

すっかりすねてしまった紅の騎士にシグナムがやれやれと言ったようにため息をつく。

シグナムに抱かれたはやてが帽子の上からヴィータの頭を撫でる。

「はやて……」

ゆっくり顔を上げるヴィータにはやては微笑む。

「ヴィータがダメなんやないよ、物事にはな、タイミングがあるんや」

「……うん」

はやてが少し高いところから話しているせいでヴィータは伏し目がちにチラチラと目を向ける。

「今回はたまたまワタルさんにタイミングがあってしまったけど、次に何か起こったときにはヴィータになんとかしてもらうかもしれない」

二人の視線が交差する。

「そやから」

抱きかかえられたまま周りにあかりが灯ったような笑顔を見せる。

「ヴィータには、またそのときに力を貸してもらえんかな?」

はやての言葉に驚いた顔を見せたものの、瞳を輝かせ、トレードマークのウサギが帽子から落ちそうなほど大きくうなずいた。

「主、ひとまずシャマルの所へ向かおうと思うのですがよろしいでしょうか」

「うん、ええよ」

「了解しました。ヴィータもいいな」

「ああ」

訓練室を後にしたはやての目には信じる意志、シグナムには主を思う心、ヴィータの胸には希望の光が宿っていた。

――訓練室を飛び出した羽を追うためにワタルは闇に紛れ、羽が向かったと思われる方向に十キロずつすべてに足を運んでいた。

「ちっ! あいつは一体どこに行ったってんだ」

羽の魔力を探しながら走ってはいるのだがあまりにも小さくなりすぎているのか明確な方向がわからない。

自身のデバイス、絶影の2ndフォームを足に装着して走っているにしても時間がかかる。

「む、この感じは……」

ガリガリとコンクリートの地面を削りながら止まったのは少し前に虫人からケンカを吹っ掛けられたあの林。

そこにまったく同じ存在を感じる。

さらにもうひとつ、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい気配。

アタリのようだ。

林の中の二つの気配に近寄っていく。

はじめは影のように静かに。

足下に落ちている小枝達が小気味良い音を立てて鳴る。

木に寄りかかって休憩を取っている羽、その傍であからさまな敵意を向ける虫人、シュウガ。

絶影を大鎌の状態、1stフォームに変える。

今出ている月のように口を開き、大胆に鎌を肩に担ぐ。

「おっと、こんなところに隠れていたのか。探し回ってしまったぞ?」

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