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「あのですね、これ、先日の生徒総会の議事録のまとめです。鈴原会長と、和成先輩の分がこちらです」
議事録を差し出してきた今泉をじっと見る。告白なんてなかったみたいにホントどこをどう見ても以前通り。
「あのー、先輩?どーしたんですか?」
差し出されたその手がきれいだな、男とは思えないほどほっそいな、なんて。うっかり見とれちまったオレを訝しげに今泉は見上げてくる。
「あ、ああ……すまん。ちっと考え事、つうかボケっとしてた」
「受験勉強、大変なんですか?まあでももう少しで先輩達お役御免で受験に専念できますから。もうひと頑張りよろしくお願いいたします」
「あー、オマエらしっかりしてるからさ。後任人事で悩まないで済むって分は楽だよな」
「はい。桜庭はもう来期自分が生徒会長やるぞーって気合入ってますし。俺も副会長、やる気ですから。先輩達引退するまでご指導よろしくです」
「ああ、それは心配してねえよ」
「俺達のコト心配とかでぼうっとされてたんじゃないんですね?何か心配ごとでも?」
今泉は、オレがボケっとしてるなんて珍しいって言葉を付け加えて、ちょこっとだけ首をかしげてきた。
言えるか。
今更のサラで、今頃になってオマエのことが気になってるんです、なんてさ。
「あー、受験勉強そろそろ頑張んなきゃとか思ってんのにさ、生徒会の仕事だとか文化祭だとか体育祭だとか、そっちのほうが脳内占めちまってんのってこれって受験から逃避してんのかなー、マズイなーってさ」
あはははは、とか乾いた笑いを浮かべてみる。
「だーいじょーぶですよ。先輩ならいざっていう時の奮起、すごいですから」
信頼、って言葉を浮かべたような表情になって今泉はオレを見上げてくる。眼鏡の奥の瞳がすごいきらきらしてるし。
…………うっかり可愛いとか思っちまった。
ううううううううう、オレは一体どうすれば。
「まあ、受験はなんとかなるだろーけど。それよりこっちがまず問題か……」
誤魔化すために受け取った議事録パラパラめくって読んでみた。……最初は冗談かと思ったんだよな。例年なら来月開催予定の文化祭。そして中間試験が挟まってその後体育祭っていうのがオレらの学校の行事予定だった。だけど。それだと試験が気になって文化祭にパワー入らないし体育祭もな、試験疲れの後でメンドクセーってカンジになってダレまくり。それじゃつまんねーだろってウチの会長の阿呆の鈴原が「予定変更!我々は常に全力を尽くすっ!燃え上がれ文化祭&体育祭!!青春の情熱を全てぶつけろ最後の機会だっ!それが終わったら全力でおれたち三年が受験モードに入れるように、イベントはイベント、勉強は勉強、きっちり分けてから前に進めっ!」ってカンジに生徒総会で大演説しちゃてさ。来月の最終週、金曜日と土曜日が文化祭、そしてそのまま日曜日に体育祭。三日間のお祭り騒ぎ開催決定。一応その後は振りかえ休日で月曜火曜と学校休みで、そんでもって更にその一週間後に中間試験っていう新たなるスケジューリング。鈴原が提案しただけでなく、生徒総会で賛成多数で承認されちまった。職員会議も通っちまった。三日間でまとめて文化祭と体育祭なんて、まあ、盛り上がっていいだろーけど。準備がな。オレら生徒会メンバーの準備がな、すっげえ大変になるんだけどなああああああ。雑事、山ほど出て来まくって時間との戦いになるのは目に見えている。誰がその細かい仕事一つ一つ処理すんだろーなああああ。オレか、オレだよなぁやっぱり……。
「だーいじょーぶです。任せてください。とりあえず、来週までには各クラスの出し物決定してもらって教室割りとかやっちゃいますし。今俺と桜庭と梶山で手分けして去年の文化祭と体育祭の予定表だの起こった問題だの全部まとめてる最中ですから。ポスター作りとかパンフレットの構成とかそういうさっさと決められるように、下準備だけは完璧にしておきますね」
「……ホントオマエら優秀だなあ。仕事早くてマジ助かるよ」
このままオレと鈴原が引退してもきっと大成功するぞ今年の文化祭&体育祭。
「オレらが優秀っての、それ、和成先輩のおかげじゃないですかー。今までこれでもかってほどシゴイてくださってありがとーござーまぁぁぁぁぁすっ!」
パソコンのキーボードカタカタ打ちながらオレ達の話に割り込んできたのが次期会長候補で現書記の桜庭だ。
「そーそー。悪夢かとか思ったコト何度もありましたけど。橘先輩転校しちゃうとかねー。でも今じゃあ、どんな仕事もどんと来い、ですよ。将来社会に出ても何でも出来そーって思ったですもん」
これは会計の梶山、二人とも話ながらもすごい勢いでパソコン叩いて、そんでもって出来たであろう資料がどんどんどんどん印刷されていく。ホント優秀だなあこいつら。
「さああああて、これで後は和成先輩のチェックと、向陽会長の承認印もらえばオッケーっすよ。職員室、持って行ってさっさと先生方の承認印も貰えますー」
「あー、あれ?そういやその鈴原は?」
現在生徒会室に居るのはオレを含めて四人だけだ。オレと今泉に桜庭に梶山。鈴原が足りない。
「向陽会長はさっき、ええと、トイレいってくるわーって言って……」
「それ……いつだったけ?」
「あ、あれ?そーいや随分と時間経って……」
生徒会長、鈴原向陽。その名の通り真っ直ぐに太陽に向いているような明るい性格で、まあ何が出来るってわけじゃないんだが、みんなの先頭に立ってみんなをぐいぐい引っ張っていくような勢いのあるヤツである。オレの幼馴染み、っていうか小学校の四年の時からの腐れ縁……で、オレの今の人格と能力を作りあげたヤツ……とでも言うべきか。だが欠点が、一つ。あー、一つどころじゃねえか欠点。
「……どっかでトラブルに遭遇してんのかな向陽会長」
重々しい声で桜庭が呟いた。



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